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「神琴様、今週末はまふゆちゃんとお出かけですか?」
「? いや、特に予定はしていないが……」
昼休みに話があると、わざわざ俺を空き教室に呼び出した朱音。
九条家のことで急ぎの用かと思いきや、取り留めのない雑談に、俺は内心首を傾げつつもそう答える。
「なんですか、それぇ!!」
すると朱音は突然目の色を変えて、柔和な態度を一変させた。
「ダメじゃないですか、神琴様!! そんなにへにょへにょじゃあ!!」
「へ……、へにょへにょ……?」
酷い言われように口元が引き攣るのを感じるが、そんな俺の様子などお構いなしに朱音が叫ぶ。
「せっかく神琴様は、まふゆちゃんのお蔭で不治の病を克服出来たんですよ!! ならそれをもっと謳歌しないと!! まふゆちゃんだって、休日だっていうのに遊びにも連れてってくれない人なんて、すぐに飽きちゃうかも知れないですよ!!」
「っ……!!」
鬼気迫る様子の朱音に思わず後ずさるが、その言葉にギクリとしたのも事実。
なにせ先日の葛の葉が引き起こした事件の最中、まふゆが皇帝の娘……つまり皇女であったことが発覚したのは記憶に新しい。
お披露目の儀はまだの為、皇女の顔を知る者は今は僅かだ。しかし大々的に発表されしまえば、もう彼女は今までのように自由に外を出歩くことは難しくなるだろう。
恐らく、彼女を狙う者だって……。
「元々まふゆちゃんは、あんなに美人で性格も気さくです! その上皇族だって知られたら、いくら神琴様と付き合ってるって言っても、横から掻っ攫おうとする人が現れてもおかしくありませんよ!?」
「分かってる……」
痛いところを突かれ、溜息をつく。
すると朱音は何かのチケットを俺に差し出してきた。
「……? これは?」
「帝都の遊園地の入場チケットです! わたしが買っておきました」
「は?」
「ここのマスコットは、モフモフのクマちゃんとウサギちゃんなんです! まふゆちゃんモフモフ好きだから、絶対喜びますよ!!」
「…………」
モフモフ好き……。
確かに以前まふゆが俺の尻尾に顔を突っ込んでいた時は、本当に幸せそうだった。
……遊園地か。こういう賑やかな場所には縁遠かったから考えたこともなかったが、クマやウサギの着ぐるみに喜ぶまふゆの姿は容易に浮かんだ。
「……そう、だな」
言われるがままに動くというのはなんとなく癪だが、まふゆに飽きられる恐怖はそれにも勝る。
熟考の末、結局俺は朱音の目論見通り、そのチケットを受け取ったのだった――。