「起きて、九条くん」


 初めて交わした九条くんとのキスは、ひんやりと氷のように冷たかった。
 それにポロポロと堪えていた涙が、ついにこぼれ落ちる。


「起きて、起きて……、お願い……っ!」

「…………」


 九条くんは何も応えない。

 全能術は発動したのだろうか?
 ……分からない。

 分かるのはただ、固く(まぶた)を閉ざし、微動だにしない九条くんの姿だけ。


「……、何も起きない……?」

「まさか……」

「やっぱり、〝生涯を誓った最も愛する者〟なんて条件じゃ……」


 気まずそうに背後で囁かれる声。
 それにドクドクと、私の心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じる。

 嫌だよ、認めたくない。


「うぅ……、ふぅぅ……ぅ……」


 ポタポタと、私の涙で九条くんの頬が汚れていく。


「うう、う……!」


 嫌だ、嫌だ。認めたくない、信じたくない。


「ううう、うぇぇ……!」


 涙と共に感情が高ぶり、先ほど感じていた体の中にある妖力のうごめきが、より鮮明になっていく。
 そしてピシピシという音が背後から響いた瞬間、誰かの悲鳴が上がった。


「まふゆっ!! 落ち着きなさいっ!!」

「うぁっ、うぁぁん!!!」


 どこかから鋭く叫ぶ声が聞こえるが、何を言っているのか聞き取れない。
 今頭に浮かぶのは、〝この現実(悪夢)から逃れたい〟

 ただ、それだけ――……。


「…………ま……ふゆ……」

「っ、」


 するとそんな私の頬に、するりと誰かの手が伸びた。

 ぽかぽかと、雪女には熱過ぎるくらいに温かな手。

 最初は苦手でしょうがなかったその手は、今は何よりも望んでいたものだった――。