「……ま、……ふゆ……?」

「!?」


 そこでずっと強く握りしめていた九条くんの手が、不意にピクリと動く。
 それにハッと視線を彼に向ければ、ちょうど九条くんの金色の瞳が薄っすらと開いたところだった。


「九条くんっ!!」


 思わず叫ぶと、九条くんがふっと微かに口元を緩める。


「よかった……。無事だったんだ……」

「くじょ、く……」


 柔らかな笑顔にぎゅっと胸が締めつけられ、私の目からは涙がこぼれ落ちる。
 すると九条くんが震える片方の手を伸ばし、それをふわりと拭った。


「……ごめん。君にもう哀しい顔はさせないって言ったのに、俺はまた……ゴホッ!」


 咳き込んだ九条くんの口からまたごぼりと鮮血が溢れ、私は必死で首を横に振る。


「そんなこといいからっ! それよりお願い……! もう……!!」


 ――〝もう喋らないで〟

 しかし私そう口にするより前に、血を乱暴に拭った九条くんが、九条葛の葉に顔を向けて話し出す。


「葛の葉……もういいんだ」

「? 神琴、そなた何を……?」


 突然の言葉に意味が分からないと言ったように、九条葛の葉が戸惑った様子を見せた。
 それに九条くんはゼェゼェと辛そうにしながらも、更に言葉を続ける。


「もう、いいんです。もうこれ以上……、俺と父の為に己を傷つけないでください。……お母さま(・・・・)

「!!」


 瞬間、九条葛の葉は大きく肩を揺らし、動揺したように声を震わせた。


「は、あ、……。神琴……、そなた記憶が……? 何故じゃ…… 、5歳の時に(・・・・・)確かに(わらわ)が封じたはず……」

「え?」


 5歳(・・)? 記憶(・・)って……?


 なんだかどこかで聞いた覚えのある話だ。
 確か、そう――。


『俺は5歳以前の記憶がぽっかり無いんだ』

「あっ!」


 そうだ! ティダで一緒にボートに乗った時、九条くんはそんなことを言っていた!
 けど九条葛の葉は今、〝記憶を封じた〟って言ったよね?

 まさか、九条くんが幼い頃の記憶が無かった理由って――……。