「――葛の葉」


 中に入って真っ先に目に入ったのは、九条葛の葉の姿だった。

 ちょこんと丸椅子に腰掛けたその幼く小さな背中は、先ほど見せた狂気的な姿とは似ても似つかないほど、落ち着いたものに見える。

 そして九条くんはその彼女の目の前……、いつもの白いベッドの上で寝かされていた。


「なんじゃ、小娘はもう戻って来おったか。まぁ三日月をそちら側に丸め込んだのなら、当然か」


 チラリとこちらに視線を向けた九条葛の葉は、つまらなそうに、そう一言だけ呟く。
 それに対し、陛下は緩く首を横に振った。


「……三日月殿は私の(めい)に従った訳ではない。何故彼女があんな行動に出たのか、それはそなたが一番分かっているんじゃないのか? その姿……」

「…………」

「?」


 姿……?

 陛下の言葉に九条葛の葉は何も答えない。
 その黒いレースで覆われた瞳は、ただひらすら九条くんを見つめている。

 ――九条葛の葉。

〝義理の母〟と言った時のお母さんの驚いた顔。ずっと気になってたけれど、先ほどの宰相さん達の話を聞いて確信した。

 この幼い姿は変化によるものなのか。
 彼女こそが、九条くんの本当の――……。


「……?」


 そこまで考えて気づく。
 九条くんが私を庇った時、妖狐の姿を露わにしていたが、今は元の姿に戻っていることに。


「九条くん……?」


 そっと顔を覗き込み、問いかけても返事はない。
 まるで深く寝入っているかのように、九条くんは固く目を閉ざしている。

 それでも私が動揺せずいられるのは、微かな呼吸音が彼の口から聞こえているからだ。

 口元はあれから拭われたのだろう。あれだけ血を吐いていたのに、綺麗にされている。
 しかし唇の端に微かに拭い残された血の痕跡を見つけて、私の心臓はギシリと痛んだ。


「九条くん、起きて……!」


 ぎゅっと九条くんの手を握り締めて、私は祈るように氷の妖力を込める。

 お願い。お願い。目を覚まして……!

 何度も何度も神様に祈り続ける。

 だが……、