……それは、分からない訳じゃない。
〝お父さん〟がどんなものなのか、正直私にはよく分からない。
それどころか冒険家だなんてなんか怪しいし、お母さんは騙されたんじゃないのかと、今の今までずっと思っていた。
でも……、
『く、くっつくって、何だー!? まさかまふゆに男が出来たのか!? しかも先ほど風花は〝九条くん〟と言っていたか……!?』
『おじっ……!? 嫌われ……!? そうなのか、まふゆ!?』
陛下が私のことで一喜一憂していたその表情が嘘じゃないことは、ちゃんと分かっている。
私を疎んで姿を現さなかった訳ではないことも理解出来た。
「けどなんでお母さんは、お父さんの職業が〝冒険家〟だなんて言ったんでしょう?」
確かにストレートに「アンタのお父さんの職業は皇帝よ」と言われたら、お母さんに熱があるのを私は疑ってしまっただろう。
しかし冒険家も大概ぶっ飛んでいる。
「……恐らくは、陛下のあだ名から取ったんでしょうな。〝冒険好きの殿下〟と、かつてはよくそう呼ばれていましたから」
「冒険……」
そういえば鬼ごっこの時もそんなことを言っていたような……?
じゃああながち丸きり嘘って訳でもなかったんだ。
「陛下は事あるごとにティダを訪れていました。それこそこの前の夏の日のように、公務にかこつけて」
「それって――……」
グシャグシャと頭をかき回すようにして撫でてきた手を思い出して、私の目にまた涙が滲む。
ああ、会いたいな。
もっといっぱい話がしたい。
そんな想いを抱いて涙を手で拭っていると、宰相さんが「さて」と呟いた。
「そして皇女殿下のもう一つの問い、葛の葉殿と紫蘭殿のことですが……」
言って宰相さんが、ずっと私達の背後に佇んでいた暗部長さんを見やる。
「……はい、宰相様」
すると彼女は小さく頷き、次には自身の狐面をするりと外した。
「え――――?」
瞬間ぶわりと空気が揺れ、私は目を見開く。
何故なら暗部長さんの二十代と思しき容姿が、みるみる内に変わっていったのだ。
そして現れたのは、一人の白髪のおばあさん。
『昔ね。神琴様が5歳の時に、彼付きの侍女が居たの。神琴様は彼女のことを〝ばあや〟って呼んで、とても懐いていらっしゃった』
まさか……。
「あなたが……〝ばあや〟さん……?」
上擦って震える私の声に、目の前の女性はにこりと微笑み頷く。
「はい、この姿ではお初にお目にかかります、皇女殿下。私こそが、神琴様の幼き頃に世話役を姫様から仰せつかっていた〝ばあや〟こと、暗部長の九条三日月と申します」