「わーよかった! 戻れました! もう寒くないですよね? 宰相さん!」

「…………」

「? 宰相さん……?」


 笑顔で宰相さんに報告するが、彼はジッと私を見つめたまま動かない。
 けれどその瞳はとても悲しい色をしていて、私は戸惑う。


「貴女は本当に……何も(・・)知らない(・・・・)のですな。妖怪の血が流れる者なら誰もが当たり前に知っている、そんなことすら」

「……っ!」


 その言葉に胸がズシンと重苦しくなる。


『小娘が分かった口を聞きおって。そなたに何が分かる? 神琴のことも風花のことも國光のことも、そして何よりもこの妾のことを何も知らないというのに……!』


 ――そう、私は何も知らない。

 九条葛の葉の行動の理由どころか、私という〝半妖の生き方〟そのものすら。


「でも、それは……」

「知っております。風花殿が意図的に(・・・・)禁じていた。彼女の気持ちは分かります。しかしこうなった以上、貴女が何も知らないままでいるのはもう無理なことでしょう」

「……!」


 この人は知っているの? お母さんが私を何から(・・・)守りたかったのか。


『まふゆ、いいこと? あんたが雪女の半妖だってことも、妖力を使えるってことも、ぜ~ったいに誰にも言っちゃダメよ』


 あの言葉の真意を――!!


「教えてくださいっ! お母さんはそもそもなんで土地勘も無いティダに移り住んだんですか? 前は『雪女だからって寒いところに住んでいるのは、普通過ぎて面白くない!』って言ってたけど、それが嘘だってことはもう私にも分かります。だったらどんな理由で……」

「――主様(あるじさま)でございます」


 今まで私達の話をじっと聞いていた暗部長さんが、静かに告げる。


「主様は陛下と風花様に復讐する機会をずっと伺っておりました。故に陛下は風花様とその頃お腹におりました雪守殿の身の安全を確保する為、帝都から遠いティダへと風花様を逃がしたのです」

「え……、〝復讐〟?」


 物騒の言葉にぶるりと身を震わせると、宰相さんが重く頷く。


「左様。これはお二人(・・・)が言えぬのなら、この私がお伝えせねばとずっと考えていた話です。全ての始まりは(さかのぼ)ること22年前、まだ陛下達が日ノ本高校の学生だった頃のことでした――」