『ばあやのいなり寿司……。どうして……』
突然九条家当主から届けられた、いなり寿司。
それはかつて、九条くんの侍女を務めていた女性が作ったものだった。
どうしてずっと昔に失踪したはずの人のいなり寿司が、ここに今あるのか?
そしてそれをわざわざ差し入れと称して、九条くんに渡した理由は?
あのトンデモ当主、一体何を考えて――……。
「おっ! なぁにそれ? 美味しそー! いなり寿司じゃなーい!!」
「ぎゃあああ!?」
考え事をしている最中に突然背中から両肩を掴まれて、私は悲鳴を上げる。
みんなが残された〝差し入れ〟に困惑して沈黙しているというのに、この空気を読めない態度。
やるのはたった一人しかいない……!
「ちょっと何やってんの!? お母さんっ!!」
「お、さすがご名答ー。……て、ん? あらあら、どうしたの、みんな。神妙な顔して黙りこくちゃって」
振り返れば、案の定お母さんがご機嫌で笑っていた。
しかしすぐさまみんなの様子が変であることに気づいて、お母さんは不思議そうに首を傾げる。
「えーっとね。お母さんは挨拶に行ってたし、見なかったのかも知れないけど、今……」
「あ、美味しい」
動揺しながらもなんとか先ほど起こった出来事を説明しようとしたところで、九条くんが持つお重に伸びた指先が、ひょいといなり寿司を摘まむ。
そしてそのままパクリと口に含んだお母さんに、またもや私は悲鳴を上げた。
「お、おおおお母さん!!? ほんと何やってんのっ!! それ、九条葛の葉から貰ったいなり寿司なんだよ!! 何入ってるか分かったもんじゃないんだから、すぐに吐き出してっ!! 早く!!!」
「ええ? 葛の葉ぁ?」
ガクガクと肩を揺さぶって叫ぶと、お母さんは一瞬キョトンとした後、何故かケラケラと笑い出した。