「では私の用件はこれで済みましたので、任務に戻ります。神琴様、午後からもご活躍をお祈りしております」
「あ……」
けれどそんな彼女から暗部長さんは顔を逸らし、九条くんに美しく礼をしたと思ったら、そのままあっという間に消えてしまった。
そのあまりの早業にみんなしてポカンとしていると、お重を見つめたままだった九条くんがポツリと呟いた。
「ばあやのいなり寿司……。どうして……」
「え?」
〝ばあや〟? それって……。
『……多分、神琴様はこの〝ばあや〟の体験がトラウマになってる。自分の不用意な行動が相手に齎す影響を、とても恐れていらっしゃるの』
確か九条くんが幼い頃、あのトンデモ当主によって行方が分からなくなってしまったという、九条家の侍女だった人のことだ。その人がこのいなり寿司を作ったと?
「なんで分かるの? ばあやさんはもうずっと屋敷には居ないんだよね? ならこれは別の人が作ったものなんじゃ……」
「いや」
私の言葉を否定するように、九条くんが首を横に振る。
「見てご覧、油揚げが裏返っているだろ。これはばあやが作るいなり寿司の特徴なんだ」
「はい、わたしも見覚えがあります。これは間違いなく、〝ばあや〟さんによって作られたもの……」
「そんな……」
であるのならば、どうやって?
そしてどうして今、こんなものを寄越してきたのか?
九条くんにとって大切な思い出であろう、この〝いなり寿司〟を――。
『そなた、まふゆと言ったな? 風花に伝えておけ、このままでは終わらんとな』
私の脳裏に、あの地下室での九条葛の葉の言葉が甦る。
「っ」
それに私はゾッと身を震わせた。
