「おーい、夜鳥くーーんっ!!」


 私が声を張り上げて手を振ると、こちらに気づいたのか、トラックのスタートラインで軽く足を動かしていた夜鳥くんが手を振り返してくれる。

 更に彼の隣を見れば、他にスタートラインに並ぶ生徒達はみんないかにも凄そうな体躯(たいく)面子(めんつ)ばかりだ。
 けれどその中に居ても、夜鳥くんの表情は余裕そのものだった。


「なぁ、(ぬえ)は何の種目に出るんだ?」


 カイリちゃんが視線を夜鳥くんに向けたまま、私に問いかける。


「えーっとねぇー……あっ、〝100メートルの徒競走〟だ!」

「それ去年も一位獲った、雷護(らいご)の得意競技だよ。なにせ本性は紫電(しでん)とも謳われる速さを持つ鵺だからね。もちろん水での最速は(ボク)だけど、地上では一、二を争う速さだと思うよ」

「へー、だからあんな余裕顔なんだ」

「ほえ? 〝さいそく〟??」


 雨美くんの説明にカイリちゃんが頷いたところで、背後からムワっと強いお酒の匂いが漂う。
 それに顔を(しか)めて振り返ると、ヨロヨロとお母さんの隣に座る一人の人物が観客席から立ち上がった。


「あー……、そういえば僕も〝ときょーそー〟出るんでしたぁぁ~」

「えっ!?」


 真っ赤な顔で呟く人物の名は、木綿(ゆう)疾風(はやて)
 毎度お馴染み騒がしい生徒会の顧問であり、私のクラスの担任の先生でもある。

 その先生がそのままフラフラと覚束ない足でトラックに向かおうとするので、私達は慌てて待ったをかけた。


「ちょっ! ちょっとちょっと、木綿先生! さすがにそんな千鳥足で参加は無理ですよ!」

「そうだよ、もうベロンベロンじゃん!」

「こんな状態で徒競走に参加して、飲酒してるのが学校長にバレたら、さすがにただじゃ済まないかも知れないな」

「ええっ!?」


 九条くんの冷静な一言に私が青くなると、お母さんがペロっと舌を出した。
 

「あーらら。やだわ、すっかり飲ませ過ぎちゃったみたいね」

「もうっ!! 普通の人はお母さんみたいに酒豪じゃないんだから、限度を考えてよねっ!!」


 私はお母さんは叱りつけながら、深く溜息をつく。

 こんなことになるならば、お母さんと一緒にみんなで観戦なんてするんじゃなかった……。