「本……物……?」
思わず間抜けな言葉が口をついて出たが、朱音ちゃんは笑いもせず真剣な表情で、「もちろん!」と頷いた。
「騒ぎを聞いて舞台袖に行ったら、みんながまふゆちゃんはわたしに連れられて神琴様のところに行ったって言うからビックリしたよ! すぐに暗部長の仕業だって気づいて、気配を探って保健室に入ったら、まふゆちゃんはぼうっとしてるし、神琴様は眠ったままだしで、何かされたんじゃって本当に心臓が止まりそうになったよ……!」
「ごめん……、でも何もされてないよ。むしろ九条くんが倒れたのを知らせようとしてくれたみたいで……」
というかあの人、暗部長だったんだ。
それがどんな立場なのかは不明だが、〝長〟と付くくらいだし偉いんだろう。通りで以前相対した狐面達とは雰囲気が違う訳だ。
ぎこちなく笑顔を作って微笑むと、朱音ちゃんが戸惑ったように私を見た。
「……まふゆちゃん。もしかして暗部長以外のことで、何かあった?」
「え……」
氷のように冷え切った私の手に朱音ちゃんがそっと触れて、優しく握られる。
その柔らかな温もりに絆されて、今し方聞いたことを全て話したい衝動に駆られた。
でも……、
「何も……、何も無いよ……」
先ほど暗部長が朱音ちゃんは九条くんの病気の詳細を何も知らないと言っていたのを思い出して、私は慌てて首を横に振る。
私ですらこんなにもショックなのだ。幼い頃から九条くんの側にいた彼女が知ってしまったらと思うと……、とても怖い。
決して訝しがられないように平静を装うが、聡い朱音ちゃんは何か言いたげに口を開いた。
するとその時――、
「……ぅ……」
「あ! 神琴様っ!!」
九条くんの意識が戻って、朱音ちゃんがそちらに顔を向ける。
それにホッとして、私も九条くん達の方へとゆっくりと振り返り、思う。
――裾の長いドレスを着ていてよかった、と。
『そしてそれは年齢を重ねるごとに重症化し、例外なく二十歳前後で発症者は死に至る』
だって今にも崩れ落ちてしまいそうに震えるこの脚を、全て上手に覆い隠してくれるのだから……。