「神琴様が……、神琴様が大変なの!! まふゆちゃん、すぐに着いて来て!!」

「わ、分かった……!」


 震える小さな手を伸ばし、涙ながらにこちらに(すが)りつく朱音ちゃんをぎゅっと抱きしめて、私はすぐさま頷いた。
 だってこんなに取り乱した朱音ちゃん、見たことない! きっと九条くんが発作を起こしたんだ……!


「部長さん、すみません! 私、行ってきます! でも必ず出番までには戻って来ますから! もちろん九条くんを連れて……!!」


 朱音ちゃんを抱きしめたまま振り返ると、部長さんもただ事ではないと察したのだろう。
 緊張した面持ちで頷いた。


「そうね、こんな朱音初めて見るもの。すぐに行ってあげて。ここまで頑張って来たんだもの。会長さんも含めて最後までみんなでやり遂げましょう!」

「はいっ! 本当にご迷惑かけますっ!!」


 部長さんだけでなく、この騒ぎに不安そうにしていた他の部員達にも頭を下げる。

 すると……、


「……あのなぁ」


 ちょうど出番を終えて舞台袖に戻って来ていたカイリちゃんが、部員達を掻き分けてこちらにやって来た。
 そして私と視線を合わせると、呆れたように溜息をつく。


「別にアンタらがお騒がせなのは、今に始まったことじゃないだろ。舞台の方はあたしらで繋いどくから、気にすんな。まふゆは早く銀髪のとこに行ってあげなよ」

「カイリちゃん……」


 驚いて目を見開くと、カイリちゃんはその大きな水色の猫目を三日月のように細めて、ニヤリと笑みを作る。


「場が持たなけりゃ、(みずち)(ぬえ)達も観客席に居るんだし、最悪アイツらにでもなんか余興させりゃいいじゃん。一反木綿(いったんもめん)の腹踊りとか超笑えそう」

「もうっ! カイリちゃんってば!」
 

 なんともめちゃくちゃな発言だが、カイリちゃんの不器用な優しさが伝わってきて、じんわりと心が温かくなる。

 ありがとう。絶対にすぐに戻るから。
 九条くんと一緒に……!


「行こう、朱音ちゃん!」

「着いて来て!」


 未だ腕の中の朱音ちゃんにそう言うと、すぐさま彼女はうさぎのように跳ね出して、一気に駆けだした。


「ま、待って……!」


 私は慌ててその背中を追う。

 必死で追いかけている内に、いつの間にか劇場を抜けて、校舎の中に入っていた。
 その間ずっと目の前でふわふわと揺れる、朱音ちゃんのトレードマークでもある綺麗なピンク色の髪。

 見慣れたはずのそれに、どこか違和感を覚えるのは何故だろう……?


「…………?」


 呼吸を荒げながら、内心首を傾げる。が、今はそれどころじゃない。
 私は(はや)る胸を抑えて、九条くんの元へと急いだ。