「うわ、本当にお客さんいっぱい……」


 あと一週間と言っていた月日もあっという間に過ぎ去り、ついに来てしまった舞台本番の日。

 雨美くんの予想通り、学内にある劇場には溢れ出さんばかりの観客が殺到し、瞬く間に全ての席が埋まった。
 どうやら立ち見までも居るらしく、それを聞いた時はみんなどんだけキスシーンに飢えてんだよと思わず遠い目をしたものだ。


『皆様、本日は演劇部の舞台にお集まり頂き、誠にありがとうございます』


 とはいえ、いつまでも現実逃避ばかりはしてられない。
 既に姫の衣装へと着替えた私は、舞台の中央に立って観客席へと挨拶(あいさつ)する部長さんを、九条くんや他の部員達と共に舞台袖から見守る。


「うう……、さすがに緊張するなぁ」


 この日を迎える為に今まで頑張ってきたが、やはり実際に当日を迎えてしまうと、体にどっと重石が乗っかっているような気分だ。
 キリキリと痛むお腹をさすりながら呟くと、後ろで九条くんが微かに笑う声が耳に届いた。


「分かるよ、正直俺も緊張してる」

「えっ!?」


 あの(・・)九条くんが緊張!? 珍しい彼の表情が見れるかも知れないと、私は驚いて振り返る。


「……?」


 しかし目に入ったその顔は、まるで緊張を感じさせない、いつもの涼しげな表情のままだった。
 それに私の期待した気持ちは、一気にスンっと落ちる。


「うそ、全然平然としてるじゃん」

「嘘じゃないよ、本当にすごい緊張してる」

「ええ? 全然そう見えないけど?」


 (いぶか)しんでじーっと見つめれば、九条くんはにこやかに笑みを浮かべてた。
 その姿はやはり緊張とは無縁にしか見えない。

 というか、(きら)びやかな王子服を身にまとっているせいか、むしろ普段よりキラキラ感が増してない?


「んんー? ちょっと確かめさせて!」


 どこか納得いかない気持ちに突き動かされて、私は九条くんの胸に己の耳を押し当て、そば立てる。
 すると私の行動に驚いたのか、九条くんが焦ったような声を上げた。


「ちょっ……、まふゆ!?」

「あ、」


 ――ドクドクドクドク


 確かに心臓の鼓動が少し速いような……?

 でも聞こえづらい。
 もうちょっとよく聞こうと、胸に押し当てた耳を更に密着させようとしたところで、ぐいっと両肩を掴まれ、胸から引き剥がされた。