「重い病を背負い、いつ死ぬかも分からない。にも関わらず、何故姫を好きと言えるのか」

「そ、それは……」

「俺には絶対に出来ない選択だ。現に王子を(うしな)って姫は泣いてた。俺はいずれ相手を悲しませ傷つけると分かっていて、自分の幸せだけを追い求めることなんて――絶対に、出来ない……!」

「っ」


 語気を強める九条くんの様子に、思わず息を呑む。
 だからさっき、途中で台詞(せりふ)を読むことを止めてしまったの? 

 理解出来ないものを演技するのは難しいから……。


「……ごめん。驚かせて」

「あ……」


 ただ呆然とその姿を見つめることしか出来ない私に対し、九条くんがバツが悪そうに顔を背け、そのまま本校舎の方へと歩いて行ってしまう。

 結局それを呼び止めることも出来ず、私はその場に立ち尽くした。


『ああっ、いやああ!!! 王子様!! どうか目を覚まして!! お願い、起きて……!!』


 確かに物語の終盤、二人森へと逃げおおせた先で、不運にも王子は発作を起こして命を落とす。
 添い遂げることは叶わない。そう覚悟はしていても突然のことだ。深い悲しみが彼女を苛んだのは間違いない。

 でも、九条くんの言う通り姫は傷ついた(・・・・)のだろうか? 


 だって彼女は最後(・・)――……。


「まふゆちゃん」

「!!」


 考え込んでいる最中に突然背後から声を掛けられて、私は慌てて振り返る。
 するとそこには朱音ちゃんが立っており、彼女はそのまま私のすぐ側まで歩いて来た。

 さ、さすが九条家の元暗部。全然気配に気づかなかった……。


「神琴様、帰っちゃったの?」

「うん、少し時間が欲しいから今日は帰るって。あと部長さんにごめんって言ってた」

「そっか……」


 朱音ちゃんは少し考え込むような仕草をした後、私を見上げて小首を傾げる。


「――ねぇ、まふゆちゃん。ちょっとだけ二人で話さない? 読み合わせは一旦休憩になったから」

「? うん、いいよ。でもどんな話?」

「うーん……」


 聞くと曖昧(あいまい)に微笑まれて、これはあまり気持ちのいい話でないことは察した。
 恐らく流れ的に九条くんのことなのだろう。

 私はここでこれ以上問いかけるのを止め、朱音ちゃんと共に部活棟の屋上へと向かうのだった。