「待ってよ!! 九条くんっ……!!」


 私はバタバタと九条くんに駆け寄り、部活棟の廊下を歩くその背中に声を掛ける。
 すると九条くんが足を止めて、こちらを振り向いた。


「まふゆ……」

「どうしたの? みんなの前でいきなりあんな風に言って飛び出すなんて、九条くんらしくないっていうか……」


 言葉を選びながらおずおずと問うと、九条くんが困ったように苦笑する。


「ごめん、余計な心配させたね」

「ううん! 余計とかないから! そんなのは全然いいんだけど……!」


 申し訳なさそうなその様子に、私は慌ててぶんぶんと首を横に振って否定するが、九条くんはそれに対して小さく溜息をついた。


「……引き受けた以上、本番までには出来るようにする。でも、さっきも言ったように少し時間が欲しい。今日のところは六骸(ろくがい)部長には悪いけど、先に帰ると言っておいてくれないかな」

「う、うん。それはもちろん伝えておくけど……」


 なんだか九条くんの顔色が良くない。
 もしかして部屋を飛び出したのは〝役が出来ない〟だけじゃなく、別の理由があるんじゃ――。


「もしかして具合……、悪くなった?」

「――――っ」


 伺うように問いかけた瞬間、九条くんはぎゅっと顔を歪め、私は余計なことを言ってしまったのかも知れないと悟る。


「あ、違うならいいの! ただ、なんで〝出来ない〟なんて言ったのか、気になっちゃって……」


 慌てて言い募ると、しばしの沈黙の後、九条くんの声が耳に届いた。


「俺には妖怪国の王子(あの役)の気持ちが理解出来ないんだ」

「……え?」


 理解出来ない? それってどういうこと?
 キョトンと目を瞬かせた私を見て、九条くんがふっと自嘲気味に笑んだ。