気合いを入れ直したタイミングで、いよいよ姫と王子のシーン来てしまった……!! 

 私はぎゅっと台本を握り締めて、部長さんに力強く頷く。
 気恥ずかしい気持ちはあるが、すごいものを見せられて、私の中の闘争本能に火が付いた。絶対に九条くんより上手くなってやる……!!


「互いに惹かれ合い、溢れる想いをついに王子が姫に伝えるシーンよ! はい、スタートッ!」


 あ、いきなりそのシーンなんだ。
 内心ドキッとしていると、部長さんの掛け声と共に九条くんが話し出した。


『姫、病は確実に私の身体を日々苛んでいる。恐らく貴女(あなた)と添い遂げることは叶わないでしょう』


 やはり上手い。
 なんかもう王子本人かと錯覚するくらい、話し方に鬼気迫るものがある。
 演技とはいえ、好きな人に情熱的な言葉で愛を囁かれるのだ。私の胸は早鐘のように高鳴った。


『けれどそれでも私は貴女に伝えたい。姫、私は貴女を――……、……』

「……?」


 しかし〝愛してる〟と続くはずが、いつまで経っても九条くんは言葉を発しない。
 それに不思議に思って、私は台本から顔を上げて隣を伺う。


「……九条くん?」

「…………」


 けれどどうしたことか、小さく名前を呼んでも、九条くんは台本を見つめたままだ。


「あの……?」


 他のみんなも異変に気づき、何事かと彼に視線を向ける。
 すると不意に台本をテーブルに置いて、九条くんがボソリと呟いた。


「……出来ない」

「え?」


 そのままガタンと九条くんがイスから立ち上がり、扉に向かって歩き出す。


「ちょ、九条く……」

「ごめん。やっぱり俺、この役は出来ない。……少し、時間をくれないか?」

「え……」


 突然の言葉にこの場に居た全員が固まった。
 そしてパタンと練習室の扉が閉まった瞬間、真っ先に我に返った私はイスから立ち上がって叫んだ。


「えっ、ええっ!? ま、待ってよ、九条くん!!」


 私よりも遥かに上手な九条くんが〝出来ない〟って、一体何があったっていうの……!?


「ねぇ!! ねぇってば!!」


 困惑しながらも、私は慌ててその後ろ姿を追いかけた。