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 ――――が、


「だぁーーっ!! ダメだぁ!! 何回読んでも、同じ場面で思考停止しちゃうっ!!!」


 ベッドに寝転んで読んでいた台本をバンッと乱暴に閉じて、私は頭を抱える。

 今日の生徒会は私が倒れたこともあり中止。いつもより早く寮に帰れたので、部長さんから言われた通りに台本を読み込もうとしているのだが、何度読んでも同じ場面で詰まってしまう。
 どの場面かと言えば、言うまでもなくもちろん例のキスシーンである。
 毎回〝姫、王子にキスをする〟という簡潔な一文が何度も私を(あお)り、羞恥心で悶えさせるのだ。


「うーん……。ストーリー自体はロマンティックだとは思うんだけどなぁ……」


 チラリと枕元に置いた分厚い台本を見つめる。
 演劇部部長、六骸(ろくがい)千亞希(ちあき)氏(高3)が書いた〝人間国のお姫様と妖怪国の王子様〟のストーリーはこうだ。

 長らく敵対し、形ばかりの和平を結んだ現在もいがみ合いを続けていた人間国と妖怪国。
 そんな両国にそれぞれ人間国には姫が、妖怪国には王子がいた。

 王族らしい洗練された立ち振る舞い。その美しい容姿。
 一見すると完璧に見える二人には、しかし〝決して人に知られてはいけない秘密〟があったのだ――。


『まぁ! ぐったりしてどうしたの!? 貴方(あなた)は妖怪国の王子様じゃありませんか!』

『……そういう君は人間国の姫君だな。その耳と尻尾……まさか妖怪の血が?』

『えっ! ああっ、いけない! 驚きのあまり隠すのを忘れてしまっていたわ!』


 ある日、両国の親睦という名目で開かれた夜会。
 そこで病の発作を起こした王子がひっそりと人目のつかない裏庭で休んでいると、偶然現れたのが獣耳と尻尾を生やした人間国の姫だったのだ。


『……そうか、姫は〝半妖〟だったのか』

『はい、表向き人間国は妖怪を嫌っております。決してこのことを国民や妖怪国に知られる訳にはいきません』

『それは私も同じだ。この身を蝕む〝重い病〟を知られれば我が国を、そして他国を揺るがす大事になってしまう』

『はい……』


 思いがけず互いの秘密を知った二人は、家族以外で初めて秘密を隠さず接することが出来る相手に心を許し、急速にその距離を縮めていく。

 そして……、


『姫、病は確実に私の身体を日々苛んでいる。恐らく貴女(あなた)と添い遂げることは叶わないでしょう。けれどそれでも私は貴女に伝えたい。姫、私は貴女を愛してる』

『王子様……。はい、わたしも例え短い時であったとしても、貴方と共に居たい』


 やがて王子と姫は互いに異性として心惹かれ合い、愛し合うようになる。
 周囲には隠しての関係だったが、それでも王子と姫は幸せだった。