「うん、そうだったね。でもお母さん、ティダから離れたことなんて私の知る限り一回もないのに、一体どういう風の吹き回しなんだろう?」
「くくく。んなことも分からねぇのか、雪守」
「? 夜鳥くん?」
考え込んでいると、何故か夜鳥くんが黄色いツンツン髪を揺らして不気味に笑い出す。
それに私が胡乱な視線を向けると、夜鳥くんは己を親指で差して高らかに叫んだ。
「んなもん、このオレの勇姿を見る為に決まってんだろーが!! 今年の徒競走もオレが一位は貰うからな!!」
「えと、?」
ビシッと決めて宣言する目の前の男にどう反応したものかと困惑していると、雨美くんが呆れたように夜鳥くんを見た。
「いやいや、娘の雪守ちゃん差し置いてそれはないでしょ。……ていうか雷護、それって単に自分は足速いって、アピールしたいだけじゃない?」
「だけじゃなくて、そうに決まってんだろ! 体育祭には毎年皇族も来るし、オレがいかに有能かアピールする千載一遇のチャンスだからな!!」
「ああーなるほど、それが目当てか」
得意げに鼻を鳴らす夜鳥くんの真意を知り、私は笑う。
――日ノ本高校の体育祭は、文化祭ほど大掛かりな準備はないものの、父兄の参加も許可された唯一の行事なので、毎年かなり賑やかだ。
更に先ほど夜鳥くんが言ったように、来賓には皇族が毎年招かれるので、良いところを見せて将来に繋げようと張り切る生徒も貴族平民問わず多い。
「んー、でも〝将来〟かぁ……」
「そういえば雪守ちゃん、進路はどうするの?」
ポソっと呟いた私に、雨美くんがペラリと一枚の紙を見せてくる。
それは今日のクラスのホームルームで木綿先生に渡された、進路調査票だった。
「もう進路調査とか、はえーよなぁ」
「だよねぇ」
「まぁ言ってもう、2年の秋だしね。みんなはこのまま大学に行くんだよね?」
私はぐるりと、夜鳥くん、雨美くん、九条くんを見回した。