きっかけは風花(かざはな)さんの一言からだった。


「カイリ、今日は早上がりしていいわよ。客入りも落ち着いたし、たまには若い娘らしく遊んで来なさいな。誰かと騒ぐのも、たまにはいいものよ」


 いつものように観光客で賑わう、風花さんが営むかき氷屋さん。
 店の前にずらりと並ぶ客を全て捌き切り、昼休憩している際にそう声を掛けられた。


「え? いや、いいですよ。遊びに行くくらいなら一日も多く働いて、お金を稼ぎたいです。早く父さんに新しい船を買ってあげないと……」


 先日の台風――〝海神(うみがみ)御成(おなり)〟の際にあたしが起こした後先考えない行動によって、父さんの船を壊し、海に呑まれてしまったことは記憶に新しい。
 父さんは「気にするな」と言ってくれたが、漁師にとって船は命。やはり気落ちしていない筈はないだろう。

 だから一刻も早く、あたしは新しい船を買う資金を貯めたかった。その為には、遊んでいる暇なんてない。


「うーん、もちろんカイリの気持ちは分かるわよ」


 あたしの話を黙って聞いていた風花さんが、苦笑する。


「でもそんなに脇目も振らずに働いて、それで本当に魚住さんは喜んでくれる? 17歳の年頃の娘らしい姿を見せるのも、ひとつの親孝行だとわたしは思うけど」

「……っ」


 風花さんの言葉にあたしは押し黙る。
 確かにそれは一理あるからだ。


『カイリ、オラの手伝いはもういいべ。もっと自分のしたいことを優先させるといい』


 父さんはことある事にそう言う。
 働く以外にも、世の中には楽しいことはいっぱいある。それを知ってほしいと。


『一緒に見ようよ、カイリちゃん! せっかく友達になったんだからさ!』


 そして父さんが言う〝楽しいこと〟は、風花さんの娘――雪守(ゆきもり)まふゆを筆頭に、帝都からの来訪者達と接したことによって、なんとなくあたしも理解していた。
 あいつらはどうでもいいような些細なことですら敏感に反応し、心底()を楽しんでた。


「でもいきなり遊べと言われても、何をしたら〝楽しい〟のか、あたしには分かりません……」


 なにせ幼い頃から両親以外との交流は皆無だったし、娯楽とはてんで無縁の生活だったのだ。
 言ってて恥ずかしくなり、あたしは顔を俯かせる。