突然の申し出に案の定男性は困った表情を浮かべ、自分の名を出された神琴もキョトンとして首を傾げた。
「ぼくがまたティダに来るまで、お母さまにお土産渡さないの?」
「そうだ。神琴が大きくなった時ティダに行き、お前が母様にお土産を渡すんだ。……出来るな?」
「うん、出来る!」
力強く頷いた神琴に僕が微笑むと、その様子を見ていた麦わら帽子の男性が感嘆の声を上げた。
「うーん。分かっただ! ここで出会ったのも何かの縁だし、神琴くんがまたティダに来るまではオラが責任持ってこの缶を預からせてもらうだべ!」
「ありがとうございます!」
根負けしたように缶を受け取った男性に、僕はもう一度頭を下げる。
人の良い彼を利用してしまい、チクリと罪悪感が胸を刺すが、しかし神琴は記憶力がいい。必ずやティダに行き、僕との約束を果たすに違いない。
これできっと何年掛かってでも、土産は妻の元へと届くだろう。
――そしてそれが一族の闇に囚われた妻を救うのだと、そう信じてる。
◇
「太陽いなくなっちゃた」
ポツンと言った神琴の言葉に顔を上げれば、辺りはすっかり暗くなっており、空には星がいくつも浮かんでいた。早く帰らなければマズい時間だ。
「すみません。それでは僕達は方舟の時間が近いので、これで失礼させていただきます」
「そかそか。んじゃあ二人共、気をつけて帰んだべよ」
大きく手を振る男性に頭を下げ、神琴を促して僕達は海岸を後にする。
しかし少し歩いたところで、「あ!」と男性が声を上げた。
「どうしました?」
「そういえばお前さんの名はなんて言うんだべ?」
「え? ああ! そういえばお互い名乗ってもいませんでしたね。僕は――……」
男性の言葉に苦笑して振り返り、告げる。
「――僕は紫蘭。九条紫蘭と申します」
第二章 南国の島ティダと雪求める人魚・了