「息子がすいません。おっしゃる通り僕達は観光でティダに来ていて、そろそろ帝都に帰ろうとしていたところなんです」
「はぇー帝都だべか! オラ帝都には行ったことねぇけども、ギンギラな大都会だってことは知ってるべ! この子の名前もさすがハイカラだべー!」
「ははは。ハイカラかどうかは分かりませんが、〝神〟に〝琴〟で神琴。少々おこがましいかとは思いましたが、この子にはこの名前しかないと思いまして」
琴は神へと通じる唯一の楽器。
『この子が病に負けることなく末永く生きてほしい』
そんな僕達夫婦の願いが神まで届くよう付けた名だ。
いつもは僕のやる事なす事否定的な妻が、唯一褒めてくれた自信作でもある。
「…………」
「あ、すみません! 初対面の方にペラペラと!」
思わず語ってしまっていたことに気づいて、僕はサッと顔を青ざめる。
普段なら絶対他人に自ら情報を晒す真似はしないのに、ウッカリしてしまった。
……まさかいつもと違う非日常に気が緩んだ? いいや違う、僕に限ってそれは無い。
――じゃあ、相手がこの人だから……?
「いやいや、素敵な話を聞かせて貰ったべ。きっとこんなにも両親に思われて育つ神琴くんは、素敵な大人に成長するに違いないべ」
「――――――」
思いついた。妻に土産を渡す方法。
「あのっ……!」
「?」
僕は慌ててカバンから四角い缶を取り出して、土産を全て中に入れる。
……それともう一つ。懐から出した封筒も缶に入れ、そのまま男性に差し出して僕は頭を下げた。
「初対面の貴方にこんなことを頼むのは大変失礼だと承知していますが、どうかこの缶を神琴がまたティダを訪れる時まで預かっていてもらえませんか!?」
「へ……?」
缶を目の前に突きつけられた上に、いきなり初対面の相手に頭を下げられて、当然だが麦わら帽子の男性は目を白黒させる。
「……この缶をオラが預かる? 神琴くんがティダにまた来るまで?」
「はい。何年後かに神琴がまた貴方の前に現れた際には、この缶をこの子の母に渡すように伝えて渡してほしいんです」
「何年後か……? そりゃまた随分曖昧な話だべなぁ……」