「……そろそろ方舟に乗らないと、帰る頃には日付けが変わっちゃうな」
「えー!? もう帰るのー!?」
頬をぷくっと膨らます息子に苦笑して、そのまあるい頭を撫でる。
「ごめんな。けど早く帰らないと、暗部がここまで来るかも知れないし……」
「暗部って?」
「おっと、こっちの話」
つい余計なことを言いそうになって口を噤む。
「むぅー!」
それに息子が不満げにむくれた時だった――。
「うぉ!? おめぇさん達、えれぇキレイな顔してんなぁ! ここらじゃ見かけたことねぇし、観光客だべ?」
「……っ!?」
背後から突然声を掛けられ、僕は一気に警戒し、すぐさま振り返る。
すると側に立っていたのは、手に魚が入ったカゴと釣竿を持った麦わら帽子の男性だった。
「ふぅ……」
風貌を見るに、恐らく地元の釣り人だろう。僕は警戒を解き、肩の力を抜いた。
「わー、お魚いっぱーい! これ〝アオダイ〟ってお魚でしょ? 図鑑で見た!」
「こら! 触っちゃダメだよ!」
「あはは、利発な子だべ。うちの娘と同い年くらいなのに、えれぇ違いだべなぁ! ボクは名前はなんて言うんだべ?」
「ぼく、神琴。九条神琴っていうの!」
「ほぉーそかそか、神琴くんだべか」
名字を名乗った息子に一瞬ヒャッとしたが、どうやら男性はこちらがあの九条家とは気づいていないらしい。
魚の入ったカゴを覗き込む息子に嫌な顔ひとつせず、目尻を下げて笑う男性にホッと息を吐く。
