「――まふゆ」
しかしそんな考えを打ち消すように、九条くんが私を呼んだ。
視線を合わせれば、しっかりと大丈夫と頷いてくれる。
「あ……」
そうだね。その為にここまで来たんだから、何もせずに帰る訳にはいかない。
私は九条くんに頷き返して、少し緊張しながらもカイリちゃんを見た。
「あのね、カイリちゃん。上手く出来るか分からないけど、空をよーく見ててね」
「え……?」
私の言葉に目を瞬かせるカイリちゃんを視界に収めた後、私はそっと目を閉じて両手にありったけの氷の妖力を込めた。
『両手にありったけの妖力を込めて、息を吹きかけるの。そうすれば降るはずよ、ティダにもきっと――』
あの我が家に皇帝陛下が現れた日。
お母さんに教えられた言葉を思い出しながら、私は両手を広げてそっと息を吹きかける。
するとふわふわと氷の妖力が辺りを拡散し、次第にちらちらと空から花片が舞い落ちた。
――冷たくて白い花片が。
「は……? まさか、これ……」
カイリちゃんが手をかざし呆然と呟いた。その手にはふわりと花片が乗っては消えていく。
「ははっ、すごいな。気温はこんなにも高いのに、本当に雪が降ってる」
「雪……。これが、雪……」
そう呟くカイリちゃんの頬を、ポロポロと涙がつたった。
しかし彼女はその涙を拭うことなく、雪が舞い散る空をジッと見上げている。
「あたしさ……。海神の言った通り、ホントはとっくに分かってた」
――カイリ。
――泣かないで、カイリ。
――ティダに雪が降ったら、また母さんと会えるから。
「母さんはガキだったあたしが寂しくないように、あんな風に言ったんだって」
「カイリちゃん……」
「でも分かっていても、あたしは事実と向き合うのが怖くてずっと逃げてた。けど――」
そこで言葉を切ったカイリちゃんは、ぐいっと腕で涙を拭って、こちらを振り返った。
「ありがとう、まふゆ。アンタのお陰で、やっとあたしも前に踏み出せそうだ」
「あ……」
涙を流しながらも笑うカイリちゃんの表情は晴れ晴れとしていて。
もう本当の意味で彼女が過去を吹っ切ることが出来たのだと感じてホッとする。
「まふゆ」
「!」
不意に肩に手を乗せられて振り向けば、九条くんが私を見て微笑む。
それに私も心からの笑みを返した。
――よかった。本当に。
◇
チラチラと南国に降る雪は、地面に触れることなく儚く消えていく。
深夜に起きたこの小さな奇跡を知る者は誰もいない。
私達以外、誰もいない――。