「まふゆ、暗いから足元に気をつけて」
「う、うん。ありがとう」
以前は拒否したその手を取って、ザンの森へと続くボロボロの桟橋に私はゆっくりと足を乗せた。
周囲が寝静まった深夜、ギシギシと桟橋の軋む音だけが響き渡る。
どうして私と九条くんがまたこの橋を渡っているかというと、ザンの森の最奥で見つけたあの入り江へと向かう為だ。
すべてはあの水色の半妖の人魚に会う為に――。
◇
海神様が去った後、カイリちゃんを含めた全員で我が家に帰った私達をお母さんが笑顔で出迎えてくれた。
ふかふかのタオルに、沸かしたてのお風呂に、全員分のレモネード。いつになく甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるお母さん。
その姿にすっかり油断していたが、私とカイリちゃんの無謀な行動は、しっかりお母さんの耳に入っていたのだ。
『まふゆ、カイリ。アンタ達には特別な話があるから。……何を言われるか、分かってるわよね?』
そのまま別室へと連れて行かれた私達を待っていたのは、案の定お説教。
終わった頃にはもうお昼になっており、ザンの森へ帰ると言うカイリちゃん親子を見送った後は、みんな家の中で何をするでもなくずっとゴロゴロして過ごした。
――それが就寝前までの話。
「すぴー……すぴー……」
「…………」
そしてその日の深夜。
横で寝ている朱音ちゃんが完全に寝入っているのを確認してから、私はそっと部屋を抜け出した。
そのまま足音を立てないように気をつけ玄関を出て、静かに扉を閉める。
「――ふぅ」
「誰にも気づかれなかった?」
「!?」
前方から予期しない人物に声をかけられて、ビクリと私の肩が跳ねる。
もしかしなくても、この声は……。
背中を冷や汗が流れるのを感じながら、そろそろと視線を上げる。
するとやはりというか、渋面を作った九条くんが腕を組んで立っていた。
「く、九条く……」
なんでここに? という私の言葉より先に、九条くんが口を開く。