「ふふ、どうやら憂いは晴れたようだな」
「あ……」
しんみりとした空気の中、柔らかな海神様の声がまた耳に届く。
「さて、そろそろ時間だ。これ以上留まっていては、陸の者の目に触れてしまう。我は去る」
その言葉の通り、辺りを渦巻く海神様の妖力はどんどん薄まっていく。
しかしそれにカイリちゃんが慌てたように海に向かって叫んだ。
「待ってくれ! あたし、アンタに色々失礼なことを言ってしまって……」
「よい。母を想っての言葉であろう。それに我も孫の顔を見れただけでなく、話まで出来て楽しかったぞ」
「え」
サラリと零された言葉に私達が目を瞬かせた瞬間、海神様の朗らかな笑い声が海に響いた。
「ではさらばだ、陸の者達よ」
その声を最後にして、海神様の妖力は完全に辺りから消え去る。
すると不思議なことに、あれほど激しかった雨風も綺麗にピタリと止んでしまった。
まるで海神様が一緒に連れて行ったかのように。
〝海神の御成〟
言い伝えでは海神様が最も陸に近づいた時に台風は起きるとされているが、本当のところは分からない。
……でも、きっと。
「あーーっ、見て! 朝日に虹が架かってる!」
「つーかやっと夜明けかよ!?」
「なんかめちゃくちゃ時間が経った気分だよね」
すっかりずぶ濡れのぐちゃぐちゃになった姿で私達は笑い合う。
分厚い雨雲の隙間から覗く明るい太陽は、ずっと過去に囚われていたカイリちゃんの新たな門出を祝福するかのようだ。
そんな祝福の光は、すっかりいつもの様子を取り戻したエメラルドグリーンの海をキラキラと明るく照らしていた――。