きっと、私は嬉しいんだ。

 ずっと自分を偽って生きてきたから、こうやって堂々と自分のことやお母さんのことを話せることに。
 そしてその話を迷惑がらず、楽しそうに聞いてくれることに。

 どこまで狙ってなのかは分からないけど、誰かに話を聞かれる心配のない貴賓室に連れて行ってくれたことといい、私に合わせた食事を一緒に食べてくれることといい、全部私のことを気遣ってなのだろう。
 なんだか悔しいからお礼なんて言わないし、楽しいなんて絶対思わないけど、でも……。


「? どうしたんだい? いきなり黙り込んで」

「……別に」

 
 不思議そうな顔をする九条くんにぷいっとそっぽを向いて、またずるずるとうどんを啜る。大好物の味も分からないくらい、いつまでも消えてくれない胸のむず痒さに戸惑う。


「…………」


 でも結局気になってちらりと九条くんを見れば、ちょうどいなり寿司を食べるところだった。
 綺麗な箸使いでいなり寿司を口に運ぶと、九条くんの顔が幸せそうに綻んだ。


「……ふぅん」


 それを見てピンときた。やっぱり妖狐はいなり寿司が好きなのだ。


「はい、九条くん」


 彼の前に私のいなり寿司が乗った皿を差し出せば、九条くんがキョトンと目を瞬かせる。


「なんだい? 雪守さん」

「いなり寿司、好きなのかなって思ったから。あげる」

「……そんなに顔に出てた?」


 そう言って恥ずかしそうにしている仕草は、私の故郷にもたくさん居るごく普通の男の子とそう変わらない。
 もちろん本来雲の上の人ってことは忘れてないけど、それでもほんの少しだけ胸のむず痒さが消えて、心がスッとした。


「めちゃくちゃ出てたよ。なんか九条くんって高級料理とか好んで食べてるイメージだったから、意外かも」

「ははっ、なんだいそれ? ……いなり寿司は俺にとって、思い出の料理なんだよ」

「へぇ? どんな思い出?」


 好奇心が湧いて私が聞くと、九条くんは幸せそうな、でもどこか辛そうな顔をする。


「良いことと悪いことが混ざり合った思い出……かな」

「うん?」


 それはまたなんとも微妙な思い出だが、何かを懐かしむような様子の九条くんに、結局私はそれ以上何も聞くことは出来なかった――。


 ◇


「また一緒に昼食べよう」


 食事を終えて教室へ戻る途中、九条くんがそう言った。


「ん、んー……。まぁ、いつか……ね」


 それに即座に頷きそうになって、でも曖昧な返事に留めたのは、私だけの秘密である。