「なんで、皇帝陛下がこんなところに……?」
みんなが口々にそう呟く。
どうやら皇帝陛下とお母さんは何か話をしていたようで、立ちすくむ私達に気がついたのか、二人の視線が一斉にこちらを向く。
「……っ!」
瞬間、二つの視線が真っ直ぐに私へと向けられたような気がして、体が勝手にビクリと跳ねた。
「ふむ、もう日暮れか。ではな風花、息災でな」
「はいはい、國光もね」
私達から視線をお母さんへと戻した陛下が、家の前につけられた庶民的な車に乗り込む。
するとそれにお母さんが、かなり気安い様子で陛下に手を振った。
――〝國光〟?
走り出した陛下の車を見つめ、聞き慣れない名前に内心首を傾げていると、九条くんが小声で皇帝陛下の名前だと教えてくれた。
……なんでお母さんが陛下の名前を呼ぶほどに親しげなの?
「どうなってんだ? 今のって皇帝陛下の偽物とかじゃないよな?」
「間違いなく本物でしょ。庶民的な服装だったけど、この間見た時と同じ圧倒的な存在感だったじゃん」
「ゆゆゆ、雪守さんっ!! 風花さんと陛下って、一体どういう間柄なんですかっ!?」
「え、えっと……」
そんなものはこっちの方こそ教えてほしいくらいだ。
私だってお母さんが皇帝陛下と名前を呼び合うくらいに親しいだなんて、今初めて知った。
ずっとずっと、生まれた時から母子二人っきりで暮らしてきて、お母さんのことで知らないことなんて無いと思ってた。
だけど実際はどうだ。
お母さんから妖力を感じないことも九条くんに指摘されるまで全く気がつかなかったし、お母さんが日ノ本高校の卒業生だって知ったのもつい最近だった。
別に親とはいえ知らないことがあるのは当然だし、教えてくれなかったことにどうこう言うつもりは無い。
しかしそう頭を納得させようとしても、やっぱりどこか納得出来なくて無性に苛立ってしまう。
「ああっ!? せっかくなら陛下にサイン貰っとくんでしたぁっ!!」
「いや、芸能人じゃないですし」
誰もが緊張で張りつめた空気の中で、平常運転の木綿先生に呆れつつも、なんだかホッとする。
けれど陛下を乗せた車がすっかり見えなくなっても、私の中にあるモヤモヤはずっと燻り続けた。