いきなりお礼を言われたことに驚いて、私は思わず九条くんの顔を見る。
しかし九条くんは、海を泳ぐ熱帯魚の群れに視線を向けたまま。
「ティダに行く時、俺を誘ってくれたこと。そのせいで君には負担を掛けてしまってるけど、お陰で初めて見る景色や体験が出来て、本当に来てよかったと思ってる」
「負担なんて……、私が強引に誘ったんだから、そんなの気にしなくていいのに。でもよかった、九条くんがティダを気に入ってくれて」
「うん」
九条くんが頷いて、静かに瞳を閉じる。
すると柔らかな潮風がまた私達の髪を揺らした。
「――まふゆ」
「ん?」
呼ばれて返事をすれば、九条くんが瞳を閉じたままポツリと呟いた。
「不思議なんだ。ティダに来るのは本当に初めての筈なのに、この海を俺は前にも見たような気がする」
「それって……」
九条くんの言葉に、前に立ち寄ったソーキそばのお店でのことを思い出す。
あの時も九条くんは『以前に見たことがある』と話していた。
結局、あの時は何かと記憶が混同しているのでは? という結論で話は終わったけど、一度ならまだしも二度もだなんて。
やっぱり九条くんは以前ティダへ来て、それを忘れているということなんだろうか……?
「例えばうんと小さい頃に来たことがあって、ハッキリした記憶がないとか?」
「確かにそれもあり得るのかな? ……でもそれなら本当に不思議なんだ。俺は幼い頃から葛の葉に屋敷の外へ出ることを、固く禁じられていたから」
「え……」
思いがけないことをサラリと明かされ、私は小さく息を呑む。