「へぇーこれがザンの森かぁー。確かにちょっと不気味かも」

「夏なのにヒンヤリしてるのが不思議だよね」


 あれから何度も悲鳴を上げながらもなんとか桟橋(さんばし)を渡り切った私達は、揃って森の入り口でその鬱蒼(うっそう)とした木々を見上げていた。

 ……ああ、来てしまった。本当に来てしまった。

 憂鬱な私とは裏腹に、桟橋ではあれほど青い顔をしていたみんなが、今は楽しそうに森を見回している。

 なんで? 正直あのオンボロ桟橋なんかよりも、この森の方がよっぽど怖……いや、考えるのは止めよう。


「あれ? そういや……」


 と、そこで夜鳥くんが不思議そうに首を傾げた。


「まだ風花(かざはな)さんと木綿が、来てねーじゃん」

「本当だ。森の入り口で待ってるって言ってたのに……」


 キョロキョロと上空も見渡すが、それらしき白い浮遊物は見当たらない。

 まさか道草でも食っているんだろうか? お母さんならあり得る。


「はっ!?」


 そう内心呆れていると、唐突に夜鳥くんが何かをひらめいた様子で叫んだ。


「まさか二人は海神の怒りを買って……!?」

「いや、まっさかぁー! まだ何もしてないじゃん!」

「そうだよ、きっと近くにいるよぉ」

「ま、だよなぁ!」


 夜鳥くんの冗談に、みんながドッと笑う。


 ――その時だった。


「ギャーーーーッ!!!」


 突然鋭い絶叫が響いたかと思うと、森の奥からドドドドドッと砂煙を上げながら、何かがこちらへとものすごい勢いで向かって来る。


「えっ、えっ!? 何なにっ!!?」

「本当に海神様がお怒りになったんじゃないの!? さっき雷護が橋を壊してたしっ!!」

「いや、揺らしただけで壊してねーよっ!!」


 言い合う間にも砂煙はどんどんと近づいてきて、そして――。


「ギャーーッ!! 海神様ごめんなさーーいッ!!!」

「もう肝試しはしませーーんッ!!!」


 大絶叫を上げる数名の男女が私達を横切り、そのままこちらには目も暮れず、例の桟橋へと駆けて行った。
 あまりの勢いに橋がバキッメキッ!! と嫌な音を立てているが、大丈夫だろうか?