「ふぅ。やっぱり若者は元気よねぇー。けど壊しちゃダメよ。壊したら本当に海神の怒りを買うかも知れないからね」

「えっ……?」


 今度はお母さんが頭上から響き、みんなが一斉に空を見上げる。


「はぁい、みんな」

「!!」


 すると一反木綿(いったんもめん)姿になった木綿先生の背中に乗ったお母さんが、私達に笑顔を向けてこちらへと手を振っていたのだ!


「ああっ!! 風花(かざはな)さんだけズルい!」

「ボク達も乗せてよー!!」


 ブーブー文句を言う私達に、お母さんはケラケラと笑う。


「はっはっは。若い頃の苦労は買ってでもしろってね。(らく)していいのは大人の特権よ。アンタ達はちゃんと自分の足で来なさい。じゃ、わたしと先生は先に森の入り口で待ってるから」

「あ、待った風花さん! さっきの海神の怒りがどうとかって、それは夕飯の時に迷信って話になったんじゃ……?」


 夜鳥くんの言葉にお母さんがニヤッと悪い顔をして、首を横に振る。


「あら、わたしは迷信とは言っていないわよ? 〝海神〟というのは、ティダの海に長きに渡って君臨する人魚一族の当主のこと。つまり実在の人物よ。そしてその海神の活動海域内でもある、ザンの森を荒らせばどうなるか――……後は分かるわね?」

「は、はい」


 悪い顔から一転して真剣な表情で語るお母さんに、夜鳥くんが顔色を悪くしてコクコクと頷く。
 するとそれに満足げに頷いたお母さんは、「じゃあそういうことで、お先にぃー」と手を振って森へと飛んでいってしまった。


「ふぅー、怖ぇぇ〜」


 夜闇(やあん)に紛れてすっかり見えなくなってしまったお母さん達を見つめて、夜鳥くんがそうこぼす。
 それに私は目を見開いた。


「え、意外。夜鳥くんってあんまり迷信とか気にしなさそうなのに」

「いや、真剣な顔した風花さんが怖かった」

「それ、お母さんが聞いたら怒るよ……」


 だよなぁ。この男に恐怖なんて文字なさそうなんだもん。


「はぁ……」


 的外れなことを真剣に言う夜鳥くんに、私は一気に脱力した。


 ◇


 心霊スポットと名高いザンの森での肝試し。
 海神様の怒りを買う不安。

 ――そして、

 ついに自覚してしまった私の気持ち。


 目下の悩みだったコンテストが終わっても、まだまだ私の悩みは尽きることが無さそうだ。