「そういえば、陛下の後ろを歩いてた人って誰だったのかな? 雰囲気からして偉い人そうだったけど」

「後ろの人?」

「この人」


 そう言って朱音ちゃんは自身のスケッチブックを指差す。そこにはスーツ姿と思しき老齢の白髪の紳士が、確かに陛下の後ろにスケッチされていた。


「うーん……。確かに偉い人そう。そんでもってなんか怖そう」


 しかしこんな人が居たのかはうろ覚えだ。
 お付きや護衛の人達が陛下の後ろをぞろぞろ歩いていたのは覚えているが、いかんせん陛下のインパクトがあり過ぎて、他のことはほとんど覚えていなかった。


「ん? どれどれ……」


 と、そこで雨美くんがスケッチブックを覗き込み、「ああ」と声を上げた。


「その方のことはボク知ってるよ。三大名門貴族のひとつ、鬼一族近衛家(このえけ)の当主にして、日ノ本帝国宰相でもあらせられるお方だよ」

「あ、そういやオレも夜会で見た。文字通り〝鬼の宰相〟があだ名の、めちゃくちゃキレ者の爺さんなんだよな」

「えっ!? 通りで怖そうと思った! ていうか、宰相さんだったんだ!?」


 陛下だけじゃなく宰相までティダに視察とは、政務は大丈夫なのだろうか? 余計なお世話だろうが、つい考えてしまう。
 というか三大名門貴族か……。九条くんも宰相さんのことは知っているんだろうか?


「ねぇ、くじょ……」


 問いかけようと九条くんを見上げて、しかし私はすぐに違和感を感じた。


「九条くん……?」

「…………」


 名前を呼ぶが、返事はない。

 目は開いているし足も動いているが、その表情は虚ろな上に、額には汗の粒がいくつも浮かんでいる。


「九条くんっ……!!」


 嫌な予感が頭をよぎり、彼の腕に手を伸ばし触れた瞬間、ぐらりと九条くんの体が傾いた。