「海神? この辺に人魚がいるのかい?」
「うん、いるとは聞くよ。見たことは無いけど」
海神……、それは人魚一族の当主のことを指す。
圧倒的な妖力を持ち、陸の者に幾度もの絶望を与えたとされ、畏怖の念を込めて〝海神〟と呼ばれるようになったとか。
ティダの海には古くから人魚が住み着いていると言われている。しかし人魚一族はかなり内向的な性質の持ち主が多いようで、決して陸の者には姿を見せない。
彼らは普段、深い深い海底で暮らしているというし、普通に生活していたらまず出会うことのない妖怪だ。
「肝試しか……」
「肝試しね……」
「?」
人魚の話をする私達の横で、夜鳥くんと雨美くんが何やらブツブツと呟いている。
にんまりと笑い合う様子に、イヤーな予感がするのは仕方あるまい。
だってこの二人が結託すると、ロクなことにならないんだよなぁ。
また変なことを企んでなきゃいいんだけど……。
◇
「あっ、みなさーんっ!!」
「お疲れ様でーす!!」
魚釣りを終えて砂浜に戻ると、ブンブンと元気よく手を振る朱音ちゃんと木綿先生が出迎えてくれた。
そしてその後ろには、既に準備された網の上に肉や野菜を刺した串が焼かれていて、なんとも食欲をそそる香りが辺りに充満している。
「うぉぉぉ!! うまそっ!!」
「ほらまず手ェ洗って!」
串に今にも飛び付かんとする夜鳥くんを静止して、手洗い場に行くよう促す。
作法に厳しい貴族の癖に、今やすっかり夏休みを満喫する子どもである。
「ふふ、魚は釣れた?」
「へへ、じゃじゃーんっ!! すごいでしょ? 大物だよ! 九条くんが釣ったんだ!」
九条くんの釣った大物を見せると、朱音ちゃんは目を丸くした。
「ええっ!? すごいです、神琴様!!」
「はは、ただのマグレだよ」
「いやいや、初めてでこんな大物釣れるなんて才能だよ。誇っていいよ」
謙遜する九条くんの背中をポンポン叩きつつ、他の魚達もバケツから取り出す。
実はあの後、コツを覚えた雨美くんと夜鳥くんが釣り上げた魚もあり、なかなかの釣果だった。
もちろん朱音ちゃんリクエストの海老も、この私が抜かりなく釣り上げ済である。
「じゃあ早速焼こっか!」
魚を手早く捌いて網に乗せれば、ジュウジュウといい音がして、魚介特有の磯の香りが鼻腔をくすぐる。
「おいっ! 手ェ洗ったぞ、雪守! 早く食おーぜ!!」
匂いに釣られたのか、夜鳥くんがバタバタと走って来る。
そしてその声が合図となって、待ちに待ったバーベキューは始まったのだった。