「九条くんっ! 私のカバン重いでしょ? 自分で持つよ!」

「これくらい重い内に入らないよ。それより玄関扉が開けっ放しだけど、これがティダでは普通なのかい?」

「え?」


 言われて玄関に目を遣れば、確かに扉が開けっ放しである。周囲に民家は少ないし、帝都に比べればティダの治安は遥かにいいが、見知らぬ観光客もこの辺をウロつくのだ。さすがに不用心過ぎる。

 私は顔を(しか)めて、開けっ放しの玄関を覗き込んで叫んだ。


「お母さーん!! ただいまーっ!!」


 しかし少し待っても、返事は返って来ない。


「……あれ?」

「留守かい?」

「うーん玄関開いたままだし、ズボラなお母さんとはいえ、さすがに近くにいるとは思うんだけど……」


 首を傾げた九条くんに、私がそう答えた時だった。


「――――まふゆ?」


 ふと後ろから聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、私は振り返る。そしてその声の主を視界に収めた瞬間、私は絶叫した。


「お、お母さんっ!? なんなのその、バカでかい魚はぁーーっっ!!?」


 目の前に立っていたのは、タンクトップに短パン姿のかなりラフな格好をした、私と同じ紫の長い髪を高くひとつに結んだ女性。
 つまりは私のお母さんが、何故か身の丈程もあるバカでかい魚を片手で担いで、こちらを不思議そうに見ていたのだ!


「何? アンタ今日帰って来るんだったの? だったら先に言ってくれなきゃダメじゃない。今日はこれ(・・)(さば)いて、一人で晩酌するつもりだったのにー」

「いや、事前に帰るって手紙送ったし! 単にお母さんが読んでなかっただけでしょ!! ていうかその魚、一人で食べんの!?」


 登場するなりめちゃくちゃなことを言い出すお母さんに、ツッコミが追いつかない……! 
 既に疲れていた体が、更に疲れるのを感じる。
 しかしそんな私をよそに、更にお母さんがマイペースに話を続けた。


「あー……手紙、来てたっけ? ごめんごめん。そんなカッカしないでよ。……にしてもアンタ、春休み以来だけどますます成長したんじゃない?」

「は?」


 そうしみじみ呟いたお母さんは、私の顔――ではなく、首の下をジッと見つめていて……。

 えっ、ていうかその視線の位置は。


「も、もぉーっ! どこ見て、何言ってんの!? 九条くんの前で変なこと言わないでよねっ!!」

「〝九条〟……?」


 言わんとすることを理解して、とっさに胸を両腕で隠した私は、急いでお母さんを怒鳴りつけた。
 しかしお母さんはそんな私の様子など意に介さず、隣に立つ九条くんに釘付けになっている。