「ほんじゃ達者でなーっ! ご両親に認めて貰うんだぞぉー!!」
私達を実家の前に降ろした後、天狗のおじさんは盛大に勘違いをしたまま、舟を動かし去って行った。
「……元気な人だったね」
「……うん。なんかどっと疲れた」
小さくなる方舟を見つめて私は溜息をつく。
〝空飛ぶ方舟〟は三大名門貴族のひとつ、天狗一族の鷹司家が経営する、航空会社が行う運輸サービスである。運転手を務める天狗さん達は、悪い人ではないが癖のある人物が多くて有名だ。
とはいえ風の妖力で通常よりも高速で長距離を移動出来るので、日ノ本帝国では空の交通手段として方舟が広く普及しているのではあるが……。
「――へぇ、ここがまふゆの生家か」
九条くんの声にハッと見上げると、目の前には石積みの塀で囲われた赤瓦の屋根が特徴の小さな家――懐かしの我が家が半年前と寸分変わらず建っている。
「すごい。奥にもう海が見えてる。周囲に民家も少ないから、景色を独り占め出来るね。あ、本当に屋根に獅子の置物がある」
「あはは。九条家のお屋敷みたいに立派じゃないし、大したもてなしも出来ないけど、環境だけは最高だからさ。日々の疲れをリフレッシュすると思って、ゆっくりしていってよ」
「うん、ありがとう」
珍しそうに周囲を見回す九条くんの様子が心なしかウキウキしているように見えて、やっぱり連れて来てよかったと思う。
そうだ、お母さんにどう思われてもいいじゃないか。冷やかしよりも九条くんが夏休みの間中、部屋に閉じこもっている方がずっと嫌だ。
「あーしかしこの暑さ。少し忘れかけてたけど、思い出したわ」
いつまでも突っ立っていては、暑さに茹だってしまいそうだ。帝都のジメジメした夏はしんどいが、やはりティダのギラギラと照りつける太陽も雪女には堪える。
早く家に入ろうと、持っていた旅行用カバンを持ち直そうとしたところで、カバンが手から消えていることに気づいた。
「え……、あ」
見れば九条くんがいつの間にか私のカバンを手に持っており、彼自身のカバンもあるので、両手にカバンを持ってウチの玄関へと歩いている。それに私は慌てて駆け寄った。