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「明日からいよいよ夏休みだけどさー。みんなはどう過ごすの?」
生徒会の会議もひと段落した頃。はじまりは雨美くんの、そんな何気ない一言からだった。
「ちなみにボクはワビ湖に行くよ」
「えっ、ワビ湖!? いいなぁ!」
有名な避暑地の名に資料を読んでいた手を止めて、私は顔を雨美くんに向けた。
ワビ湖といえば日ノ本帝国最大の湖だ。貴族が涼を求めて夏の間過ごす避暑地としても有名で、一度は行ってみたい観光スポットである。
「あーオレは今年、オモイ沢に行くわ」
「ええっ! オモイ沢!? 最高じゃん!」
今度は夜鳥くんから、ワビ湖と同じく有名な避暑地の名が飛び出して、またも私は食いついた。
オモイ沢といえば、皇族も夏場は静養に訪れるという由緒正しき避暑地である。最近は女子に人気のスイーツ店も多く立ち並んでいるらしく、こちらも一度は行ってみたい観光スポットだ。
さすが貴族コンビ。二人とも夏休みは避暑地で過ごすのか。
「はぁ〜~」
「ん?」
感心していると、向かいから深ぁ〜い溜息が聞こえたので、そちらに視線を向ける。
「ワビ湖にオモイ沢……。はぁー、羨ましい限りです。僕なんて夏休み中も仕事ですよ。あぁーなんで教師って、夏休みも仕事なんでしょうねぇー……」
木綿先生がそうしみじみそう呟いて、遠い目をした。
そっか、先生は夏休み中も仕事なんだ。気の毒ではあるが、長期休暇は学生の特権である。有り難く有意義に過ごさせて貰おう。
「雪守ちゃんは実家に帰るんだよね?」
こちらを見て言う雨美くんに、私は頷く。
「うん。明後日にはティダに帰るつもり。お母さんを一人にしておくと家が荒れ放題になるから、早く片付けに行かないとだし」
「まふゆのお母さんって、本当に話を聞く度にとんでもない人物像が出てくるね」
クスクスと笑う声に視線を横にずらせば、先ほどまでみんなの話を聞いているだけだった九条くんが、楽しそうに笑っている。
そういえば前に学食で、九条くんにはお母さんの数々の酷いエピソードを披露したんだったか。