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わたしが神琴様を初めてお見かけしたのは、彼が九条のお屋敷に来て、しばらく経ってからのことだった。
九条家の侍女達は仕事の最中、屋敷に連れて来た子供同士で遊ばせていることが多い。わたしの母もその例に漏れず、わたしにみんなと遊んでいるよう言いつけ、仕事場に向かうのが常だった。
でも……。
「うわっ、朱音じゃん! 聞いたよ、あんた変な力で気に入らない相手の心を操るんだってね!」
「絵ばっか描いててつまんないって言った子に、真っ黒い妖気を放ったんだって! そしたらその子、いきなり魂抜かれたみたいにボーッとしちゃって、今もそのままとか!」
「ゲッ、怖ーっ!!」
「…………」
中庭に続く渡り廊下を進んでいると、すれ違った子達が一斉にわたしを見て引いた。
その理由は明白。わたしのもつ、〝黒い妖力〟のせいだ。
元より身についていた力ではない。
みんなで遊ぶより一人で絵を描いている方が好きだったわたしは、珍しい半妖ということも相まって周囲の輪に馴染めず、よく少女達の揶揄いの対象にされていた。力が発現したのは、ちょうどその時だった。
『朱音って大人しいし、絵ばっか描いててつまんない』
『…………』
『ねぇ、何か言いなよ』
ある日黙々とスケッチブックに絵を描いていたわたしに、一人の少女が絡んできた。
いつもは無視し続ければ諦めるのに、この日に限ってとてもしつこかった。
『あっ!?』
『やーい! 取り返してみろー!』
遂には大事なスケッチブックまで取られて、我慢できずに思わずわたしはこう叫んだのだ。
『返して!! もうあっちに行って!!』――と。
『…………はい』
その瞬間、意地悪く笑っていた少女の表情は抜け落ち頷いた。そしてまるでわたしの言葉に従うようにスケッチブックを手渡され、彼女は静かにどこかへと去って行く。
「……え?」
突然のことに訳が分からず、その小さくなる後ろ姿をわたしは呆然と見つめる。
すると彼女の体の周りを不気味な黒い妖力が渦巻いているのに気がついて、わたしはゾッと身震いし、腕の中のスケッチブックをぎゅっと抱きしめた。
『ねぇ聞いた? 朱音の噂』
『ああ、あの気味の悪い黒い妖力でしょ?』
――そしてこの出来事は瞬く間に屋敷中の噂となり、今までわたしをからかってきた少女達は、みな一様に顔を強張らせてわたしを避けていく。
「ねぇあんまり言うと、あたしらまで操られちゃうよ!」
「怖い怖い。行こ行こ」
「……っ」
少女達の不気味な者を見るような視線に耐えきれず、わたしは逃げるようにして渡り廊下を抜けて、中庭へと急いだ。
