「なぁに?」

「……」


 本当にまふゆは無防備だ。今自分がどんな表情をして、目の前の男にどんな風に思われているかなんて、考えもしないんだろう。
 まぁ、それが彼女の魅力のひとつでもあるのだけれど。


「前に何度だって受けて立つって言ったのに。そんなに今回2位だったのが嫌だった?」


 優しい口調を心掛けて涙の理由を引き出そうとすれば、まふゆが「だって……」と呟いた。


「私が勝てば九条くんだって悔しくて、私を負かすまでどこにも行かないかなって思ったから。だから今回は絶対に勝ちたかったんだもん」

「っ」


 思わぬ理由に一瞬息を呑むが、それはおくびにも出さずに安心させるように微笑む。


「心配しなくたって、もう急に消えたりしないよ」

「分かってる。でもなんか、九条くんって危うげで信用出来ないっていうか……。うーん、じゃあ本当に絶対に私が勝つまで勝負だからね! 嘘つかないでね!!」

「うん」


 もちろん、ずっと、何度だって受けて立つ。

 ……卒業するまでは(・・・・・・・)

 そう誰にも聞こえないように呟けば、まふゆがまだ訝しげに見てくるので苦笑する。


「――さぁ、そろそろ夏休み前最後の生徒会を始めよう。副会長、今日の議題は?」


 ◇


 ……俺は、ずっとずっと欲しかった日常を、まふゆに導かれて手に入れることが出来た。
 それは以前の自分ならば羨んで仕方ない今なのだが、かくも妖怪とは欲深い生き物だ。

 君に想いを告げて、もし君も想いを返してくれたとしたら、きっともっと幸せだろう。そんな風に夢想する。

 でもそれが実現する日は来ない。俺は彼女を泣かせる未来など耐えられない。


『精々一日一日を大切にすることじゃな』


 葛の葉に言われるまでもない。

 期限つきでもいい。ようやく手に入れた君と過ごす日常を、俺は今日も大切に生きていく。



 第一章 はじまりの契約と妖狐の秘密・了