「なんじゃ、ようやくお目覚めか?」

「う……」


 頭に響いた声に視線を彷徨(さまよ)わせれば、目の前には目元を黒いレースで隠した、着物姿の幼い少女――九条(くじょう)葛の葉(くずのは)が静かに佇んでいた。

 ……ここはどこだろう?

 ひんやりと冷たい石造りの壁に囲まれた、微かなランプしか灯りのない真っ暗な部屋。
 こんな部屋、屋敷にあっただろうか?


「――――――っ!」


 すると徐々に働いてきた頭が、ここに来るまでの経緯を思い出す。
 そうだ、侍女にばあやがいないと聞いた後、侍女の静止を振り切り自室を飛び出して、それで――。


「禁じていた外へ行き、あまつさえ発作まで起こして運ばれるとは。……そなた、名門と謳われ格式ある我が九条家を(おとし)める気か?」

「っ、」


 威圧感のある葛の葉の言葉に一瞬たじろぐが、それでも俺は体を起こし、葛の葉を強く睨みつける。
 名門だからなんだ! 格式があるからなんなのだ!

 もう俺は怒りを抑えることが出来なかった。


「ばあやをどこにやった!? 急に消えたのはアンタの仕業なんだろう!?」


 俺の剣幕に、葛の葉が不快そうに眉を(しか)める。


「ふん。ばあやばあやと、すっかり手懐けられたものよ。そもそもアレ(・・)は、(わらわ)(めい)でそなたの子守をしていたのじゃ。それをどうしようが、妾の自由であろう」

「ぼくが本当の両親のことをばあやに聞いたから……、だからそれが気に食わなかったのか!? 紫蘭(しらん)って一体誰なんだよ!?」


 声を荒げ激昂する俺を止めたのは、葛の葉の静かな言葉だった。


「死んだ男の名だ。とうの昔にな」

「え……?」


 まさか死者の名とは思わず、俺は怯む。
 戸惑う俺を見て、葛の葉は口の端を吊り上げた。


「そなた、不思議に思ったことはないか? 何故この屋敷に……いいや、何故一族にそなた以外の妖狐の男(・・・・)がいないのかと」

「…………」