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それから更に3年経ち10歳になった俺は、変わらず発作的に現れる症状に悩まされながら、ひたすら屋敷の中で勉強と読書を繰り返していた。
いつものように書庫から気に入った本を選び出し、腕いっぱいに抱えて自室に戻るべく渡り廊下を進む。
ふと空を見上げれば、雨上がりの青空に虹がかかっていて、俺は足を止めてしばし見入る。
――本来、10歳の子どもは小学校に通うものだ。しかし外へ行くことを禁じられている俺は、どこかの著名な学者だとかいう家庭教師をつけられ、学校に通うことは叶わなかった。
学校がどんな場所かは知っている。読んだ本の中には生徒会長が主人公の学園小説もあったからだ。
主人公が生徒会の仲間たちと共に学校を次々と改革していく物語はとても痛快で、何度も何度も夢中で読み返したのは記憶に新しい。
「仲間……か」
この頃の俺には、学校に通うことが叶わないなら、せめて同年代の子と話してみたいという好奇心があった。
屋敷の中には大勢の侍女が働いており、その子ども達が屋敷内で集まって遊んでいるのを何度か見かけたことがある。しかしみな一様に俺を遠巻きに見てくるだけで、話しかけられたことは一度も無い。
養子とはいえ当主の息子だからか、はたまた単に俺が嫌われているだけなのかは分からない。
だが好奇心を持ちながらも結局は、屋敷に来て5年が経過した今でも、俺の話し相手はばあやしかいなかったのである。
そこでふと、あのピンク色の髪の女の子が脳裏に浮かんだ。
「……名前は、〝朱音〟だっけ」
ばあやが言った通り、以前はこちらの視界に度々入ってきた彼女であったが、数年経った今では完璧にその姿を隠している。
今もきっと、こちらを監視しているのだろうが、俺には気配すら探ることは出来なかった。
「いつか話せるといいんだけど」
そう俺が呟いた時だった。
「わぁかわいぃー!! その髪飾り、どうしたの!?」
噂をすればなんとやらだろうか?
渡り廊下の向こうにある中庭から、何やら賑やかな声がする。俺がその声に釣られて見れば、侍女達の娘である同い年くらいの少女二人が、楽しげに話していた。
「いいでしょ? お母さんに作ってもらったんだ」
「いいなぁー。わたしもお母さんに作ってって、頼もうかなぁ」
「でもそっちだってその靴すごくかわいいよ」
「あ、これね。お父さんが誕生日祝いに買ってくれたんだー」
お母さん。お父さん。
それはどちらも自分には縁遠い言葉で。
「…………っ」
そう思った途端に、楽しそうに話す少女達を見ていられなくなり、俺は足早にこの場所を去った。
