俺の記憶は5歳から始まる――。


「そなたが神琴(みこと)か。(わらわ)九条(くじょう)葛の葉(くずのは)、妖狐一族の当主じゃ。今日からそなたの母になるが……呼び方は葛の葉でよい」


 そう言って目の前に現れたのは、両眼を黒いレースで覆い、長い黒髪に黒い着物を着た、自分とたいして年の変わらない女の子。
 母と呼ぶには幼過ぎるが、その達観した態度と老成した話し方は、幼子のものとはとても思えない。

 そんな見た目と中身が相反する、異様としか言いようのない存在に導かれて。この時から俺は、広大な寝殿造(しんでんづくり)の屋敷に住むことになった。


 ◇


「ばあや! 今度はこれを読んで!」

「神琴様は本当に本がお好きですね」

「うん! だってぼく外に出られないから、その代わり本をたくさん読んで、もっと外のことを知りたいんだ!」


 俺の言葉にばあやが困ったように微笑んで、本を読み聞かせてくれる。

 あの初対面での挨拶(あいさつ)以来、葛の葉は俺の前に姿は見せず、子守役だと言って真っ白な髪の老女を寄越してきた。
 老女は俺に「ばあやと呼んでください」と頭を下げ、それからは食事の世話から遊び相手、更に寝かしつけに至るまで、俺の世話は全てばあやがするようになる。

 優しく甲斐甲斐しいばあやに俺はすっかり懐いて、屋敷の書庫から気に入った本を見つけては、ばあやに読み聞かせをねだるようになっていた。


「お外に出られたら、どんなに楽しいでしょうにね」


 俺に読み聞かせをしながら、ばあやがポツリと悲しげに呟く。


「…………」


 しかしそれは叶わないことを、俺自身がよく知っていた――。