「ん? どうしたんだい、まふゆ」

「な、なんでもないっ!」


 ジッと隣に座る九条くんを見ていると、それに気づいた九条くんもこちらを見返す。それがなんとなく気恥ずかしくて、私はとっさにそっぽを向く。
 するとそんな私を見て、九条くんが少々意地の悪い笑顔をした。


「そういえば来週はいよいよテストだね。今回も勝たせてもらうよ」

「何だとー!? 私だってめちゃくちゃ準備したんだから、絶対負けないんだからねっ!!」


 期待していると笑う九条くんに、今に見てろよと拳を握る。だけどその笑顔が本当に楽しそうで、思わず私の毒気も抜かれてしまう。


『あらあら、神琴くんがまふゆちゃんと。しかもあんなに楽しそうに学校から帰って来るの、はじめて見たわ』


 いつだったか寮母さんに、言われた言葉。その頃の私にはピンとこなくて、上手く答えられなかった。
 でも今は違う。見えなかった九条くんの感情の動きが、耳や尻尾が無くったってハッキリと見えている。


『……分かっておるのか? その楽しい楽しい時間にも、必ず終わりが来ることを』

『元より覚悟はしています。そういうものだということも理解しています』


 九条くんの家のこと、家族のこと。少しずつだけど知れて、だけどまだまだ知りたいことはたくさんある。
 何より一番知りたかった九条くんの不思議な病の原因がなんなのか、結局聞けず(じま)いのままだったし。


「さぁみなさん、間もなく学校ですよー」

「あ、ホントだ見えて来た!」

「やっと帰れたね」


 夕陽に染まって赤くなった学校が、どんどんと近づいてくる。みんなと一緒に声を弾ませる九条くんを見つめて、私はまぁいいかと思う。

 時間はたくさんあるんだし、焦らなくても少しずつ九条くんのことを知っていけばいいんだもん。

 こうして私達の日常は、ずっと続いていくんだから――。