「なんじゃ神琴、まさか本気で妾に仇なすつもりか?」
そんな恐ろしいまでに強い妖力をまとう九条くんを前にして、当主は信じられないと言うような口振りで、嘲るように笑った。
しかしそんな当主の様子を意に介さず、九条くんは静かに言葉を返す。
「必要とあれば。どの道、俺の妖力に遠く及ばない貴女には、俺に勝つ余地はない」
「…………」
淡々と答える九条くんに、当主は笑んでいた口元をぐっと歪ませて、その小さな手を握りしめる。目元は黒いレースで見えないが、恐らくはこちらを憎々しげに睨みつけているように感じた。
……九条くんではない。私を、だ。
「そのような戯言を言い出すとは、まさかその小娘にうつつでも抜かしたか? ……本当に、雪女というのはどこまでも忌々しい」
ギリギリと血が出るのではと思うほど、当主はその真っ赤な唇を噛み締め、吐き捨てるように呟く。
なんだろう?
さっきから当主は九条くんにというよりも、私に対して激しい怒りを湛えているように見える。
しかし私は今日初めて会った人物に、これほど嫌われる覚えはさすがに無い。
あ、いや……。確かに客間ではケンカ売るようなことは色々言ったし、そもそも当主の意に反して九条くんを連れて帰ろうとしている時点で、敵認定されてもおかしく無いのかも知れないけど。
けれども〝雪女〟と言っている辺り、もしかして当主は何か雪女に恨みでもあるのだろうか……?
「……葛の葉」
とそこで九条くんが、先ほどよりは幾分か柔らかな声で、当主の名を呼んだ。
「貴女が何故それ程まふゆを、……いや雪女を嫌うのかは分かりませんが、俺はまふゆに出会って変わることが出来ました。病のことだけじゃない。彼女と過ごす時間が、暗闇だった俺の世界を照らしてくれる。貴女に理解までは求めません。でも、彼女や仲間達と過ごすことは見逃して頂きたいんです」
「九条くん……」
その言葉が素直に嬉しくて、私は彼の袴の袖をきゅっと掴んだ。すると九条くんも応えるように、袖を掴む私の手を取ってくれる。
「……分かっておるのか? その楽しい楽しい時間にも、必ず終わりが来ることを」
「?」