「わたしだよ、まふゆちゃん」
その姿を見た時、追手の罠かと思った。
でも、そのふわふわしたピンク色の髪に愛らしい顔立ちは間違えようもなく、私の知る朱音ちゃんで――。
「ここ、物置として使ってる部屋だから、しばらく追手は来ないと思うよ」
「そ、そっか、それはよかった……じゃなくて! どうして九条のお屋敷に朱音ちゃんが居るの!?」
バクンバクンと心臓が嫌な音を立てる。
だって、朱音ちゃんが着ているその巫女装束は……。
「ごめんね、ずっと黙ってて」
私が叫ぶと、朱音ちゃんは俯いて、所在なげに両手を揺らした。
しかし次の瞬間には目に強い光をたたえてその顔を上げ、それに私の肩はビクリと震える。
「わたしの本名は九条朱音。九条家当主、葛の葉様直属の暗部に所属している、妖狐の半妖だよ」
「え……?」
九条朱音。暗部。妖狐の半妖。
一気にもたらされた情報に、私の頭は混乱する。
「ちょっと待って! じゃあ不知火って名乗ったのは……?」
「不知火は父方の姓。父が人間なの」
「それじゃあ暗部って」
「文字通り諜報とか、あまり表立っては言えない仕事ってことかな」
「なら妖狐の半妖」
「うん、さっきも言った通り父が人間。だからわたしは幼い頃、妖狐一族から爪弾きにされてた」
「え」
爪弾き……?
妖怪と人間の間に子どもは生まれにくく、〝半妖〟と呼ばれる存在は数える程しか存在しない。
だから世間の半妖への認知は薄く、時には口さがない言葉を受けることもあるとは知っていたけれど……。