(わらわ)は妖狐一族当主、九条(くじょう)葛の葉(くずのは)。以後見知りおきを願おう」
 

 幼い声で紡がれるその言葉に、私達を取り囲んだ狐面に巫女装束の女性達が、御簾(みす)に向かって一斉に平伏する。その異様な光景に言い知れぬ不気味さを感じて、私の背筋がゾクリと震えた。

〝妖狐一族のご当主〟つまり九条くんのお母さんが、まさかこんな幼い声の主だったなんて……。

 もちろん姿は御簾で隠れている以上、本当に当主が子どもなのかは判断出来ないし、(ちまた)には姿を変える妖術が存在するとも聞く。ならば当主が子どもの姿だとしても、それほど驚くことではないのかも知れない。
 でもなんというか、可愛い声と威圧的な言動のギャップが凄いのだ。つい、見えもしない御簾の向こうを凝視してしまう。そしてそれはみんなも同じだったのか、誰も言葉を発しようとしなかった。


「なんじゃ? この妾が名乗ってやったのに、挨拶(あいさつ)も無しか? 近頃の者は礼儀知らずよのぉ」


 しかしご当主のその(あざけ)るような言葉によって、一瞬にして私達は我に返らされる。

 そ、そうだった!! 驚きに固まっていたとはいえ、ご当主が直々に自己紹介してくれたのに、失礼にも私達はまだ名乗っていなかった!! ヤバイ、いきなり気分を損ねてしまったかも!?


「ご当主様。申し遅れてしまったこと、どうかお許しください。私はご嫡男様のクラスの担任をしております、木綿(ゆう)疾風(はやて)と申します。今日はご嫡男様が体調不良とのこと。ひいては退学も検討していると伺いまして、それほど悪いのかと居ても立ってもいられず、こうして参上した次第であります」

「ほお?」


 そこで真っ先に木綿先生がご当主に向かって頭を下げた。すごい、さすが大人! 頑張れ先生!!


「ぞろぞろと(わらべ)共を引き連れて、教師というのは余ほど暇なのだな。神琴(みこと)の体調はそなたらには関係の無いこと。分かったらさっさと()ね」


 御簾の向こうでしっしっと手を振られたのが、影で分かった。

 はあ!? やっとご当主に会えたと思ったら、九条くんにも会わずにこれで帰れって!? 彼の退学までかかってるのにそんなもん、「はいそうですか」と帰れる訳がないじゃない!!

 しかもなんだその嫌味な言い方! 木綿先生に失礼じゃないか! 私達のことも童って! 姿は見えないが、そっちの方がよっぽど童じゃないか!!

 反論しようと口を開きかけたが、それは木綿先生に遮られてしまう。