「雪守さん、どうしたんです? いつも早い君が、遅刻なんて珍しい」
だから、教室に入ってすぐにポッカリと空いた九条くんの席が視界に飛び込んで来た時、私は木綿先生の声にすぐさま反応することが出来なかった。
「…………」
「……雪守さん?」
「あっ!? 遅くなってすいませんっ! ちょっとぼんやりしていたみたいで……!」
教室に入るなり立ちすくむ私に何事かと、ヒソヒソと教室内のあちこちで囁き合う声がする。
その声に気まずさを感じて視線を彷徨わせれば、既に席に着いていた雨美くんと夜鳥くんが、こちらを伺っているのが見えた。
「今日は九条くんが体調不良でお休みだとご実家から連絡がありましたし、もしかして雪守さんまで体調を崩して休みなのではと心配していたんですよ。特に君は昨日、全校集会で倒れているし」
「はい、ご心配お掛けしてすみません」
ご実家? 昨日九条くんは確かに寮へ帰った筈だけど……? というか、体調不良って……。
木綿先生の言葉に違和感を感じて、咄嗟に問い掛けようと口を開きかける。しかしここは人が大勢いる教室だし、例え聞いたところで以前と同じで私に詳しいことを教えてくれることは無いだろう。そう考えて、直前で言葉を飲み込んだ。
そしてそのまま自分の席に着くため、木綿先生の横を通る。
「放課後、生徒会室で話しましょう」
すると小さく。まるで囁くような木綿先生の声が、ポツンと私の耳元に落ちてきた。
「え……?」
唐突に言われた言葉の意味を理解出来ず、思わず木綿先生を振り返れば、いつものふにゃふにゃとした締まりの無い表情をしている。
「さぁみなさん! おしゃべりはそこまでにして、そろそろ朝礼を始めましょう!」
そう言って未だにザワつく教室内を静かにさせた木綿先生は、すっかり固まっていた私の背中をそっと押す。
「ほら、雪守さんも早く席に」
「は、はい……」
いつもの優しい、けれど有無を言わせない態度。それに私は戸惑いながらも、大人しく席に着く。
何を話すとは木綿先生は言っていない。けれど間違いなく、〝彼〟のことであるのは明白だった。
これから何かが起きようとしている。
確信めいた予感に、心がザワザワと騒めいた。