今の言葉の真意を測りかね戸惑いつつも、本を棚に戻す。そして指で示された備え付けのイスに腰掛けて、持参した参考書を広げた。
 するとお茶を机に二人分置いた九条くんが、そのまま参考書を覗き込んで来る。互いの髪が触れ合いそうな距離に、私の心臓が激しく騒いだ。


「ちょっ! ちょちょちょっ、タンマ!!」

「? まだ一言も発してないけど」

「そうだけど、そうじゃなくて!」


 距離が近すぎやしませんか!? と叫びたい。しかしそこで部屋を圧迫する本の山が視界に入り、悟った。

 そ、そうか! 本で座るスペースが無いから、物理的に至近距離になってしまうんだっ!! 
 これはなんという試練!! 全然集中出来ん!!

 しかも私が突然の試練に耐えている間にも、九条くんの解説は始まってしまう。


「ここにXを代入して――」


 サラサラとノートに計算式を書く腕が、私の腕に触れる。


「……っ」


 ――近い。


 こんなに近いと、九条くんの高い体温まで伝わって来てしまう。それはまるで、この間の抱きしめられた時の感覚に似ていて――って、いやいや何思い出してんだ私!? せっかく九条くんが教えてくれてるんだから、いい加減集中しろ!!
 いやでも、こうも至近距離だと、九条くんだって集中出来ないんじゃ……?

 少々ドキドキしつつ、チラッと横目で九条くんを伺えば、いつもの涼しげな表情が見える。


「――――」


 瞬間、すんっと頭が冷えた。


「まふゆ? どうしたの? 解らなかった?」


 私の表情に何を思ったのか、九条くんが慰めるように頭を軽く撫でて来る。それによって冷えた筈の頭にまた血が(のぼ)るのを感じて、私は叫んだ。


「解った!!!」


 ――こうして自分だけが意識している悔しさや羞恥に悶えながらも、私はなんとか九条くんに勉強を教わった。
 その教え方がまたすごく上手だったので、木綿先生より教師に向いてるのでは? と思ったのは、ここだけの秘密だ。