「とにかく早く寮に戻ろう。そのままじゃ風邪ひく」
するとそんな私をどう捉えたのか、九条くんは私の腕を引いて寮へと歩き出そうとする。
しかしすぐにその足を止め、私を振り返った。
「…………?」
私が九条くんの制服の裾をぎゅっと引っ張ったまま、動かなかったから。
「……まふゆ?」
体を向き直り、困惑した様子の九条くんが私の顔を覗き込む。
「一体どうしたの?」
言いながら九条くんは、びしょ濡れで額に貼りついている私の前髪を払ってくれる。
その手が思いがけず優しくて、先ほどは出て来なかった言葉がするりと零れた。
「……いで」
「え?」
「どこにもいなくなったりしないで!! 私っ、九条くんのことなんにも知らないけど……! でも、ずっと一緒にいたいよ……っ!!」
自然と涙が頬をつたってボロボロとこぼれ落ちる。
雨と涙が混じり合って、もう顔がぐちゃぐちゃだ。
いきなりずぶ濡れの女に大泣きでこんなことを言われて、さぞ九条くんは困惑しているに違いないのに。迷惑かけているって、分かっているのに。
一度溢れ出したらもう、自分では止められそうになかった。
「うん」
伸びてきた九条くんの親指が、涙で溢れた私の目尻をそっと拭う。
それに目を開けば、優しい金の瞳と目が合った。
「どこにもいなくならない」
そう言われ、体がふわりと温かい熱に包み込まれた。
抱きしめられている。
意識した瞬間、恥ずかしくて仕方なかった。
でも冷え切った体に九条くんの体温が移って、ポカポカして気持ちがいい。
暑いのは好きじゃないのに。体に九条くんの熱が伝わるのは、何故かすごく嬉しくて。
「俺も、まふゆとずっと一緒にいたい」
優しい温もりにずっと感じていた寂しさや不安が全部ぜんぶ吹き飛んでいくような、そんな気がした。