それから毎日、私は生徒会室に行く前に花壇を見に来た。
そんな、ある日。
咲いた。
咲いているよ。
チューリップ。
私は走って、長谷田先生を探しに行った。
「…咲いたな」
「咲きました」
今日は、エイプリルフール。
嘘つきのあなたたちが植えたから、今日咲くことにしたよ。
なんて言葉が聞こえてきそうなチューリップたち。
嘘で~す。本物の花ではありません、造花でした。
とか、あり得るかな?
そんなこと1人で考えて思わず笑いが零れる。
「…何笑ってんだよ」
「いいえ、何もありません」
『商高花壇』の前で2人、咲いたチューリップを眺める。
ピンク、赤、白の3色が、長い花壇に咲いていた。
「先生、この3色の花言葉は何ですか」
「……え、お前。チューリップに色別の花言葉があること覚えてたのか?」
「はい」
チューリップの花言葉は『博愛、思いやり』
色別の花言葉もあるけれど、何色が咲くかは言えないと言われてはぐらかされた。
「……知りたければ。生徒会室、集合」
「え?」
そう言って先生は早歩きで校舎に向かいはじめた。
「え…待って」
私も早歩きで、先生の後を追った。
生徒会室に着くと、先生は何故か扉の鍵を閉めた。
「…何で?」
「何故だろうな」
そして長谷田先生は唇を噛みしめて…私を抱きしめた。
先生の突然の行動に、体が硬直する。
「…先生……。何ですか…」
「渡里、俺はお前が嫌いだ」
「知っています。私も、先生が嫌いです」
「…………なら、何で抵抗しないんだよ」
「先生こそ、行動と言葉が矛盾していますよ」
抱きしめる先生の手が優しすぎてむず痒い。
そっと上を向くと、眉間に皺を寄せた先生の顔が見えた。
「渡里……嫌い」
「私も。先生が嫌いです」
「あぁ、嫌い」
「嫌い」
「お前なんか嫌いだ」
「先生大嫌い」
先生は私の顎に指を添え、そっと唇を重ねてきた。
「…………」
ビックリしすぎて…思考が停止する。
「……エイプリルフールにしては…やり過ぎです」
「……………ピンクは、愛の芽生え」
「え?」
「赤は、愛の告白。白は…新しい愛」
「……」
「花が咲いたら、俺が伝えたいと…思っていたこと。嘘だらけの俺たちの“嘘を取り払う”、希望の花になる……はずだった」
「…」
「なのに、この花たち。よりによってエイプリルフールに咲きやがったからな。なんかそれすら嘘みたいになってしまったよ。…………嘘つきの俺には…ぴったりかもしれねぇが」
そう言いながら再び唇を重ねた。
私に触れる手が少しだけ震えている。
「……なぁ、渡里。生徒会長として頑張る渡里のこと、一番近くで…支えさせてもいいか?」
耳を疑うような一言に、意識が遠のきそうになる。
「……」
そっと目を閉じ、精一杯の一言を捻り出した。
「…エイプリルフールだから。全て嘘に聞こえます」
「……嘘は…さっきの“嫌い”までなんだが。……もう、何が嘘で何が本当か分からねぇな」
私が返答を考える前に、先生はもう一度唇を重ねた。
「渡里…。これからは俺がそばにいて、いつでも助けてやる」
「……」
長谷田先生は、見たことがないくらい優しい表情をしていた。
心拍数が上がる。
全身に響く心臓の音は、私のものか、先生のものか…。
それすらも分からない。
「…先生は、球根を購入した時から…花が咲いた時のシチュエーションを考えていたのですか」
そんな私の一言に先生の体が飛び跳ねる。
「………残念だが……それは、言えないな」
顔を真っ赤にした先生は、顔を隠すように力強く私を抱きしめた。