喫茶店で甘い一時を

「そうだ、それよりも……」

 野上君は私の前に、もう一つ飲み物の入ったカップを差し出してきた。
 あれ、これって……。

「カフェオレだよ。甘いの好きなら、こっちの方が良いんじゃないか?うちは何も、ブラックコーヒー専門店じゃないんだからな。いやなら、無理に飲まなくても良いけど」
「の、飲みます!」

 野上君が淹れてくれたカフェオレなんだから、飲まないわけないじゃない!
 一口飲んでみると、途端に口の中一杯に甘い味が広がって行く。
 ああ、やっぱり私は、甘い味の方が好みなんだ。

 すると様子を見ただけで気に入った事を察したのか、野上君はクスクスと笑っている。私って、そんなに分かり易いかな?
 まあいいや。美味しいカフェオレを飲めたんだし、珍しく笑っている野上君を見れたんだから、きっと今日は良い日なんだ。

「そう言えば、このカフェオレっていくらっけ?」

 実は今日は、手持ちがそんなに無いんだよね。
 だから本当は、コーヒー一杯飲んで、野上君を堪能して帰るつもりだったのだ。

「それなら気にするな、おごりだから。俺からのホワイトデーってことで、貰っておいてくれ」
「えっ、でもホワイトデーって、もうさっき飴をもらったよ?」
「それは店からのやつ。そしてこれは、俺からの贈り物。安上がりで悪いけどな」

 フッと笑みを浮かべる野上君。
 そんな風に言われると、このカフェオレが特別な物に思えちゃうよ。
 野上君、こういう事を誰にでもするのかなあ? 
 あ、でもこの店に来る同年代の子って、私くらいのものだって、前に話してたっけ。
 うんと年上の人相手にこんな事をするとは思えないから、私だけが特別ってこと……って、何考えてるんだ私は⁉

 顔に締まりがなくなっていくのが、鏡を使わなくても分かる。
 こんなだらしのない顔を野上くんに見られるわけにはいかないと、カフェオレを飲むふりをしながら、口元を隠す。

 野上君、君は分かっているのかなあ?その笑った顔が、甘い言葉が、私の心をくすぐっている事を。
 頬杖を突いている時に微かにズレた袖からのぞく、筋や血管が通った腕から、目が離せないと言う事を。

 知っててやっているの? 
 からかって遊んでいるの? 
 それとも……。

 もしもその気が無いのなら、こういう思わせぶりな態度は止めてよね。
 甘い空気に浸った後で、苦い思いをするのは嫌なんだから。
 だけどもし……もしも野上君が私と同じ気持ちだったら、その時は。

「飲まないのか?もしかして、口に合わなかったのか?」
「の、飲むよもちろん。飲むに決まってるじゃない」
 
 ボーッとしていた私は、野上君の一言で正気に戻って、慌ててカフェオレを一気飲みする。
 野上君、今度はビックリした顔になってるけど、構うものか。
 口の中に広がっていく、甘い味。そうして全部を飲み終えた私は、手にしていたカップをテーブルに置く。

「ご馳走さま。ありがとう野上君、とっても美味しかったよ」
「どういたしまして。こんなものでよければ、いつでもご馳走するよ」

 微かに口角を上げる野上君。ほんの僅かな変化だったけど、笑ってくれた?
 そんな彼に、ついまた見とれてしまう。
 大学の皆は知らない、彼の姿。私だけが知っている、コーヒーやカフェオレを淹れてくれる野上君。
 ここで過ごす時間は、やはり私にとって至福の一時だ。

 きっとこれからも、私はこの店に通い続けるのだろう。
 甘いカフェオレと、甘い時間を求めて。