恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜

「……俺にとって、じいちゃんは憧れであると同時にコンプレックスなんだ」

壱世は腕を組むと庭の方を向いたまま言った。

「コンプレックス?」
なんでも完璧で、自信に満ち溢れて見える彼の口から出るにはあまりにも不似合いな単語だった。

「あの人の時代のベリが丘は一番人口の増加率が高くて、市長としてまとめ上げるのが大変だったはずなんだ」
彼は祖父について話し始めた。

「ビジネスエリアは再開発が進んでいて、サウスエリアは新興住宅地として流入してくる人たちも多くて、ノースエリアは逆に歴史を重んじる側面があって」
それは今でも基本的には変わらないが、再開発や人の流入は落ち着いてきた。

「それぞれの地区の人間の希望をすべて叶えようとすると、絶対に軋轢が生まれるはずなんだけど、あの人はいつも笑顔で上手くまとめてたんだよな」
胡桃の記憶の中の市長も笑顔だ。

「市長になる前までは、ただ憧れていたんだ。俺もそんな市長になってみたいって」
胡桃は相槌を打ちながら聞く。

「だけど市長になってからは……」

彼は一瞬言葉に詰まるように黙ってため息をついた。

「あの人がどれだけすごい市長だったのか、痛いほど実感させられてる」