「そんなこと言ってましたっけ?」
橘が胡桃を見る。

「う、うん」
「いつ?」
どこか怪しんでいるように、ジッと視線を送ってくる。

「ほ、保育園で手洗ってるとき!」
「ふーん。なんかまた顔赤くなってないスか?」
「もー! この間から何なの? 私だって市長のファンなんだから、べつにいいでしょ」
胡桃は表情をごまかすように、もうほとんど中身の入っていないカップを口に寄せた。

「お、なんだ江田もイケメン市長のファンなのか」
「は、はい。まあ」

「婚約者がいるらしいじゃないか。しかも美女で英語もペラペラらしいぞ。残念だったなー」
「あはは残念ですー編集長詳しいんですねー……」
胡桃はうすら笑いを浮かべる。

「選挙も女性票がかなり集まったんだろうな。今は結構苦労しているようだけど」
椅子に座った梅島は、後頭部に両手を当てたポーズで背もたれをリクライニングさせながら言った。

「苦労?」

「栗須市長はIT企業の出身だろ? だから行政のシステムの変更とか、他の部分でも先進的な改革案をいろいろと掲げているんだけど、昔からいる頭の固いジジイ連中に反対されてなかなか進んでないみたいだよ。若くてイケメンなのが、そういう連中に対しては逆効果っていうのかな。まあ、まだまだ就任したばっかりだけどな」
「そうなんですか」

「ああ、副市長なんかもそっちの考えのはずだ。俺は断然、市長の改革支持派だけどな〜。市のホームページからして、わかりにくさが半端ないんだよなー街は最先端なのに行政が追いついてないっていうのかなー」

梅島がぶつくさと文句を言い始めると、長くなることを知っている胡桃や橘は自分の仕事に戻った。

(そうだったんだ……壱世さん、大変なんだ)